「クリスティーナ様、城の窓は全部閉めましたよ」



 待っている間、苗床に野菜の種を植えて苗を作る準備をしていたわたしのもとに、アンとミラが戻ってきた。

 二人には使用人たちに伝達して、城中の窓を閉めてもらっていたのだ。



「いいって言うまで窓を開けても外に出てもダメって伝えてくれた?」

「伝えましたけど、何をする気ですか?」

「すっごくいいこと、よ」



 題して、お城丸洗い計画。

 セバスチャンがハラハラしながらわたしのそばにいるけれど、何をするかわかっていないからか、鍬を握りしめたときみたいに大騒ぎはしなかった。



「濡れたら嫌だからちょっと下がりましょうか」



 三人が「濡れる?」と不思議な顔をするけれど、面倒くさいから説明はしなかった。

 わたしが城から十メートルほど距離を取ると、セバスチャンたちもわたしのあとをついてくる。

 このくらい下がれば多分大丈夫よね?

 わたしはぴっと城に向かって人差し指を突きつける。

 魔法はイメージだ。イメージ、イメージ。



「うん、オッケー!」



 イメージは固まった。

 わたしはニッと口端を持ち上げると、上から下にピーっと指で線を書く。



「水よ、降っちゃって‼」



 言わなくてもいいが、言った方がイメージが固まりやすいのでわざと口に出す。

 その瞬間。

 ざばあああああっと空から大量の水が降って来た。

 まるで津波が押し寄せたみたいにザパン! を城を飲みこむ。

 そこでわたしは誤算に気づいた。



「しまった! 距離がたりなかった‼」



 城を飲みこんだ水がわたしたちのいる場所まで押し寄せてくる。



「壁壁壁壁壁壁かべ――――――ッ‼」



 大慌てで叫ぶと、私たちの前に大きな壁がそびえ立った。津波のように押し寄せてきた水は壁にぶち当たって大きな水しぶきを立てる。

 あー、危な。危うく流されるところだったわ。

 ふーっと額に浮かんだ冷や汗を拭いつつ、適当なところで水と壁を消せば――あーら不思議! 薄汚れたホーンテッドキャッスルばりの古城が、ピッカピカに大変身! 城の壁、灰色かと思ったら、もともとは真っ白だったみたい。いやあ、ピカピカ最高、まるでシンデレラ城みたいに優美ではないですか!



「どう? どうどう? 綺麗になったでしょ?」



 我ながらいい仕事をしたと、称賛を求めて背後を振り返ると、三人は真っ青な顔をして城を見上げている。

 なんか、思っていたのと違う反応だ。



「だ……だめだった……?」



 もしかしなくても、やっちゃいけないことをしたのだろうか?

 不安に思っていると、一番早く我に返ったミナが、呆けたように言った。



「クリスティーナ様って……本当に聖女だったんですね……」



 いや、たぶん聖女だろうけど身代わりですけどね。

 いいって言うまで窓を開けても外に出てもダメって言ったのに、城からわらわらと使用人たちが飛び出してくる。

 そして一様にピカピカの城を見上げて、「ほわー」とか「うわー」とか叫んでいる。

 っていうか城を丸洗いした後で気づいたけど、庭もわざわざ鍬でせっせと耕さなくても、魔法で耕しちゃえばいいんじゃないだろうか。

 フィサリア国にいたときみたいに、魔法を使うことを隠さなくていいなら、いろいろもっと楽ができるってものだ。

 わたしはニヤリと笑った。

 皇帝は聖女が嫌いだって言うから、わたしに会いに来ることもないだろう。

 ここで好き勝手しても、咎める人間はどこにもいない。



「アン、ミナ! なんかいろいろやりたくなったんだけどどう思う⁉」



 二人は「何を?」とは訊ね返さず、まだ半分放心しているような顔で頷いた。



「もう、好きにすればいいと思います」



 ……お二人とも、なんかすっごく投げやりじゃあ、ありませんか?