半年後。



 三日前から降り続く雪がやまない朝。

 王都に積もった雪のように真っ白なドレスに身を包んで、わたしは荘厳な礼拝堂の中にいた。



 目の前の祭壇に立つのは、例の司祭様だ。

 好々爺とした司祭様は、厳格な赤い衣装に身を包み、朗々と新郎と神父を前に結婚とは何たるかという常套句を述べている。

 隣に立つのは、同じく白い礼服に身を包んだマクシミリアン。



 そう――今日は、わたしとマクシミリアンの結婚式だった。



 それにしても、半年……この人、本当に有能なのね。

 フィサリア国の王太子ジェラルドと、先々帝の妃セラフィーナが起こした事件からたった半年。

 この短い時間の間に、マクシミリアンは、セラフィーナについていた帝国の不穏分子を一掃し、フィサリア国との協議を終え、宣言通り帝国の属国にした。



 セラフィーナは幽閉され、ジェラルドとアンジェリカはフィサリア国に帰されたけれど、それは温情でも何でもなかった。

 フィサリア国を属国扱いにするか、王族全員処刑して帝国に吸収するかは、フィサリア国の出方次第だなんて脅しつきでジェラルドたちを突き返せば、国王陛下だってしかるべき対処をせざるを得ないわけで――、マクシミリアンは本当に腹黒だよね。



 まだ属国でも何でもなかった他国の王太子やその婚約者を帝国のルールで下手に裁けば余計な亀裂が生まれるし、そういう言い方をして二人を突き返せば、フィサリア国の属国扱いは温情だと取られるでしょ? 一番反発が少ない方法だよね。

 もっと言えば、ついでとばかりにフィサリア国王に次の国王はマクシミリアンの子を据える約束まで取り付けたって言うんだから、もうね、なんだかなあって感じですよ。これでわたしとの間に子供ができなかったらどうするんだろう。その場合は側妃とか娶るのかな。……それはそれでなんか嫌だから、ここは聖女の力でもなんでも使えるものは使って何とかするしかないよね。



 で、そんなこんなで、今日が結婚式。

 わたし的には後始末に何年もかかると思っていたから、その間は古城で楽しく生活しようと思っていたのに、あっという間に王都に連行されて結婚式だよ?

 目まぐるしいって、こういうことだよね。



 司祭様の説教が終わると、わたしとマクシミリアンはそれぞれ誓いの言葉を述べて結婚誓約書にサインをする。

 これで正式に、わたしはマクシミリアンの正妃になった。



 白い花びらのシャワーを浴びながら、数百人は入る大きな大聖堂出ると、真っ白い馬車が停めてあった。

 この馬車で王都をぐるりと一周し、城へ戻ることになっている。

 肩のないドレスは本当に寒かったけれど、隣に立つマクシミリアンがとても満足そうな顔をしていたから、少しくらいの寒さは我慢しようかなって気になって、馬車に乗り込む前に祝福に来てくれた帝国民に手を振った。



 わたしの腰に腕を回したマクシミリアンも、穏やかな表情で手を振っている。

 出会って最初のころは、いつも不機嫌そうな顔をしていたけれど、最近のマクシミリアンはわたしの前でよく笑うようになった。そして、それだけじゃなくて、ちょっと甘い。何が甘いって……雰囲気? っていうのだろうか。距離も近いし。だからちょっと、どきどきする。

 馬車に乗り込めば、温められていた室内に思わずため息が漏れた。



「寒かったか?」



 隣に座ったマクシミリアンが、冷たくなったわたしの頬を撫でながら少し申し訳なさそうな顔をした。

 わたしが結婚式を春まで待とうと言ったのに、頑として譲らなかったマクシミリアンは、さすがに雪の日に肩の開いたドレス姿のわたしを見て少し反省したのだろう。



 その顔を見て、わたしは少しおかしくなった。

 今からちょうど二か月前。結婚式の日を決めるときにした押し問答を思い出したからだ。

 春でもいいじゃないかと言うわたしに、可能な限り最短で式を挙げると言って譲らなかったマクシミリアン。

 わたしが渋れば、お前は俺と結婚したくないのかと本気で拗ねて――その顔があまりにおかしかったから、結局わたしが折れてしまったのだ。



「馬車の中は暖かいから大丈夫ですよ」



 それに、頬を包むマクシミリアンの手も温かい。

 雪の日はいい思い出がなかったけれど――今日、はじめていい思い出ができた。

 マクシミリアンが頬から手を放して、そっとわたしを抱き寄せたから、されるがままになりながら少し曇っている窓の外を見る。



 窓の外では、はらはらと大粒の雪が舞っているけれど、雲に切れ目ができたのか、金色の日差しが降り注いでいた。

 数日ぶりに晴れるのだろうか。



「どうせだから、何か派手なことをしてみろよ」



 マクシミリアンが、わたしの耳元で悪戯っ子のようなことを言う。



 派手なこと? 派手なことって何だろう。



 ゆっくりと進む馬車の窓の外では、人々が馬車に向かって手を振っているから、手を振り返しつつ考えた。

 こんな真冬に氷を出しても誰も喜ばないし――と考えて、ふと思い出したのは、礼拝堂から外に出るときに浴びた白い花びらのシャワーだった。



「それじゃあ……」



 わたしは窓から空を見上げて、軽く目を閉じる。



 次の瞬間――



 わあっ、と馬車中まで聞こえてくる歓声が街中であがった。

 天から降り注いでいた雪が姿を変えて、真っ白い花になって降ってくる。

 マクシミリアンは目を丸くして、御者に馬車を停めさせると、わたしの手を引いて馬車から降りた。

 空に手のひらを向けて、落ちてきた小さな白い花を確かめ、それから笑う。



「クリスティーナ、お前、こんなことをしたら伝説になるぞ」

「何か派手なことをしろって言ったの、陛下じゃないですか」

「だとしても、雪を花に変えるなんて思わないだろう!」



 楽しそうに笑い声をあげて、マクシミリアンが白い花が降り積もったわたしの頭を払ってから、ふいにぐいっと引き寄せた。

 あっと思ったときには唇が塞がれていて、空から降る白い花に夢中になっていたはずの人々から、先ほどよりも大きな歓声が上がって真っ赤になる。

 唇が離れた瞬間に文句を言おうとしたけれど、満面の笑みのマクシミリアンに何も言えなくなった。



「クリスティーナ」



 抗議をこめて睨めば、マクシミリアンが名前を呼ぶ。

 彼は愛おしそうに紫色の瞳を細めて、わたしの耳元で小さくささやく。



「俺は、お前を愛している」



 ――この日の出来事は、マクシミリアンの予言通り、この先何百年も語り継がれる聖女伝説の一ページとなるのだが、もちろんわたしはそんなことなど露とも知らず、マクシミリアンの最初にして突然の告白に頭の中が真っ白になって、降り注ぐ白い花の下でしばらく固まって動けなくなってしまったのだった。