セラフィーナの手紙を読んだマクシミリアンは険しい顔で黙り込んだ。

 ダイニングにはマクシミリアンとわたし、セバスチャン、アンとミナのほかに、ブライトがいる。

 手紙を持ったままマクシミリアンが無言でじろりと睨んできたので、わたしはぶんぶんと首を横に振った。



 みんなどうしてわたしを疑うの? わたしは無罪です! 潔癖です!



「クリスティーナ様は何もご存じないようです」



 わたしがビクビクしていると、セバスチャンが言った。ナイスフォロー、セバスチャン! 

 わたし、知らない。知らないよ? わたしが激しく首を動かしてセバスチャンに同意していると、マクシミリアンが長ーい息を吐いた。



「まあそうだろうな。そうでなければ、こんなものを見せるはずがない。……わざと見せて俺たちを出し抜く、なんて複雑なことは、こいつにはできそうもないしな」



 それって遠回しに頭が弱い子って言っていませんかね。失礼な。そしてアンとミナ、セバスチャンまで、大きく首を振って同意しないでくれませんか⁉ みんなして、わたしを何だと思っているんだろうか。そりゃあ、考えなしの行動で貯水池で溺れかけたり、皇帝をお化けと勘違いして泣き叫んだ前科はありますけど? さすがにちょっと傷つくよ。

 疑われるのも嫌だけど、この「駄目な子」を見るような生ぬるい視線もいたたまれない。いじめですか? いじめられてるんですかわたし? 怒っていいですか?



「もともとセラフィーナ様近辺で不穏な動きが見られると報告がありましたからね。これで、何か企んでいることは間違いなさそうですね」



 いつも穏やかな顔のブライトが硬い表情で言った。

 聖女セラフィーナはどうやら皇帝陛下たちに警戒されている存在らしい。マクシミリアンの聖女嫌いとも何か関係があるのだろうか。



「ともかく、本物の聖女だの国の意思だの、皇帝……俺を篭絡? だの指示だの、わけがわからないことだらけだ」



 やっぱりその四つの単語が気になるよね? うんうん、とわたしは頷く。

 ダメな子扱いは引っかかるが、疑いが張れたようなので安心して他人事を決め込んでいると、マクシミリアンがじっとりした視線を向けてきた。



「……他人事みたいな顔をしているが、お前にも関係あるからな」



 え、なんで?



「俺を篭絡だの指示だのはおいておくとして、本物の聖女や国の意思に何か心当たりないのか?」



 ぎくり、とわたしは肩を揺らした。国の意思は知らないが、本物の聖女には心当たり大ありだ。じーっと疑惑の目を向けられて、わたしはだらだらと汗をかく。疑いが張れたと思ったのに、ここで怪しい反応をすればまた不審に思われる。

 この状況、白状しなきゃダメな状況なのかな。

 黙っていても、マクシミリアンのことだ。この手紙をもとに調べ上げるに決まっている。下手にここで誤魔化してもあとあとばれるだろう。あとでばれた方が何倍も怖そうだ。

 わたしは諦めの境地で、息をついた。



「国の意思は知りませんけど………………本物の聖女は、なんとなく心当たりが」



 言え、とマクシミリアンが視線で促してくる。

 ああ、古城でスローライフもここまでかもしれない。これって皇帝を騙したことになるから、投獄されちゃうのかな。犯罪を起こした犯人も自ら出頭したら刑が軽くなるって言うし、自分で白状するから、温情とか与えられないかなあ。

 マクシミリアンをはじめ、ダイニングにいる全員の視線が突き刺さり、わたしは塩をかけられたナメクジよろしく小さくなった。



「……その。……本物の聖女と言うか……本来ソヴェルト帝国に嫁ぐ予定だった聖女は、実はわたしではなくて、わたしの異母妹だったり、します」

「はあ?」

「だから、本物の聖女はわたしじゃなくて、異母妹のアンジェリカのことではないかと……。いろいろあって、わたしが嫁ぐことになったというか……」



 尻すぼみで声が小さくなる。ごにょごにょと言い訳のように言うわたしに、マクシミリアンが眉を寄せた。



「つまりお前は偽物だと、そういうことか」

「そう……かなあ? 一応、聖女っぽいなとは思っているんですけど」

「は?」

「国からは認定を受けていないけどわたしも聖女ってことだいいんだと思うんですけど……たぶん。ただ国から認められている聖女はわたしではなくアンジェリカで……」



 自分で言っていてもよくわからなくなってきた。フィサリア国から認定されていないから偽物っていうことになるのかな。

 セバスチャンもアンもミナブライトもよくわからないようで首をかしげている。マクシミリアンは頭痛を覚えたようにこめかみを押さえていた。



「詳しい説明を求める」



 やっぱりそうですよね。

 わたしは諦めて、異母妹が聖女に選ばれた時のことから説明することにした。