(本物の聖女の誕生により国の意思が変わったため、皇帝を篭絡する必要はありません。指示があるまで大人しくしておくように。また連絡します。……なにこれ?)



 手紙は簡単な時候の挨拶からはじまって、こう締めくくられている。だが、わたしには何のことだかさっぱりわからなかった。



 本物の聖女?

 国の意思?

 皇帝を篭絡?

 指示?



 だめだ、何一つわからない。

 そもそもセラフィーナとは面識もなければ手紙のやり取りもしたことがないのに、突然手紙を送りつけて訳のわからないこと言われても困る。

 わたしはあっさり、この暗号文のような手紙を解読するのを諦めて、お茶を持って戻ってきたセバスチャンに渡した。



「何を書いているのかよくわかんないんだけど、わかる?」



 まさか手紙を差し出されると思っていなかったのか、セバスチャンが少しおっかなびっくりに手紙を受け取った。



「よろしいのですか?」



 そう確認してくるから頷けば、彼はさっと手紙に視線を走らせて眉を寄せる。



「……クリスティーナ様、これはどういうことでしょうか?」



 急に怖い顔になって訊かれたけど、訊きたいのはこちらだ。



「だからわからないのよ。何か心当たりない?」



 それともマクシミリアンに確認した方がいいだろうか。「国の意思」と言うのだから皇帝が知らないはず――ん? ちょっと待って。「本物の聖女の誕生により国の意思が変わったため、皇帝を篭絡する必要はありません」。この「国」を帝国と解釈すると、「皇帝を篭絡」っていうのがおかしくないだろうか。



 皇帝自ら自分を篭絡するように命令を下すはずがない。ってことは、ここでいう国はフィサリア国? ……本物の聖女ってもしかしなくてもアンジェリカのことかしら。アンジェリカがいるからフィサリア国が計画していたことが変更になって、皇帝をたぶらかさなくてもいいよって意味? あれ、もしかしなくてもこの手紙、やばいやつ?



 わたしはフィサリア国の意思とやらも知らなければ、皇帝を篭絡しろとも言われていない。だが、この手紙は明らかに裏でコソコソしている系の指示書だった。



 ……え、なんかわたし、知らないところで何かに巻き込まれてない?



 セバスチャンに渡されて手紙を読んだアンとミナも、なんだか不審な目をわたしに向けている。

 ちょっと待ってよ! もしかしなくてもわたし、みんなから疑われてない⁉

 わたしは大慌ててぶんぶんと首を横に振った。知らないから! 全然知らないから! 悪いけど自分の身の安全が大切だし、フィサリア国に愛着なんてこれっぽっちもないから、この手紙は売らせていただきます!



「わたし知らないからね⁉」



 何か言われる前に言いきると、セバスチャンは眉間をもみながら息を吐きだした。



「……そうですね。知っていれば私どもがいるところで手紙を開封なさったり、その手紙を渡してきたりはなさらないでしょう。一瞬でも疑ってしまって申し訳ございませんでした」



 どう考えても「一瞬」ではなかったが、まあいい。水に流そう。誤解が解けたならそれでいい。



「しかし、この内容は見過ごせません。陛下にお見せする形となりますがよろしいですか?」

「よろしいです!」



 どうぞどうぞお持ちください。だからわたしを疑わないでほしい。わたしは潔白なのだ。冤罪で投獄とかされたくない。

 いってらっしゃーいとわたしは手を振ったのだが、にこりと微笑んだセバスチャンと、それからアンとミナに強引に立ち上がらせられた。



「申し訳ございませんが、ご足労をお願いいたします。クリスティーナ様」



 ……わたし一人だけ蚊帳の外でのんびり、というわけにはいかないみたいですね、はい。