「荒屋さん、璃子ちゃんをいじめないでください」
色々と話しかけられている私に、マスターの助け舟。

「そんなあ、虐めてないよ。ねえ、璃子ちゃん?」
「え、ええ」

別にいじめられてはいない。
少し押しが強い気はするけれど、荒屋さんに悪い印象を持っているわけでもない。

「どちらにしても、璃子ちゃんは仕事中ですからね」
「はいはい」
マスターに睨まれ、両手を挙げた荒屋さんが降参のポーズをする。

「すみません」
どちらにともなく、私は頭を下げた。

「何で君が謝るの?」
ハハハと楽しそうに荒屋さんが笑った。

荒屋さんはお向かいにある中野商事の営業職。
中野商事は日本の有力財閥である中野コンツェルン傘下の一流企業で、建物も40階を超える高層自社ビル。もともとこの界隈の土地ほとんどが中野財閥のものだったらしいから、その規模は庶民には計り知れない。
当然そこに勤める社員だってエリートに違いないけれど、そこはマスターの人柄なのかここ『プティボワ』は中野商事の職員が多く通う隠れ家的な店になっている。

「ごめんね璃子ちゃん。仕事の邪魔をしたね」
「いえ、大丈夫ですよ」

荒屋さんは謝ってくれるけれど、私自身そんなに嫌な思いをした訳じゃない。
それに、荒屋さんとお近づきになりたい事情もあるし。