「璃子も知っているように、俺は中野コンツェルンの息子だ。ゆくゆくはグループ企業を引き継いで行く立場にある」
「ええ、そうね」

初めはまさかと思ったけれど、住んでいるマンションも仕事もそう言われればと納得できた。

「財閥の家なんて、金があって多くの使用人がいて何の苦労もないように思うだろうけれど、実際には自由もプライベートもなくて、結構窮屈で暮らしにくいものなんだよ」
「へー」

庶民の私にはわからないけれど、世間に名前と顔が知られている分暮らしにくいことも多いのだろう。
かわいそうだなと思って頷いていると、淳之介さんは子供の頃の話を始めた。

淳之介さんのお母様はアメリカ国籍の人で、学生時代にお父様と恋愛結婚。
10代の頃から日本にいて言葉の問題は全くなかったらしいけれど、日本での暮らし自体にはなかなかなじめずに苦労したそうだ。

「特に忙しいおやじとのすれ違いもあって、俺が3歳になった頃離婚してアメリカに帰ってしまったんだ」
「そうだったのね」
小さな頃にご両親が離婚されたって聞いていたけれど、そう言うことだったのね。

「当時、俺には弟がいた。あまり体が丈夫ではなかったから外で遊ぶことはなかったが、いつも二人で家の中を走り回っていた」
「ああそれが、動物好きの弟さん」
「そう」

以前「登生のおもちゃが少ないね」って話になった時に、聞いた気がする。

「母は離婚するときに、弟の玄次郎(げんじろう)だけを連れて家を出たんだ」
「え?」
自分でも表情が固まったのがわかった。

「そう、俺は母に捨てられた」

どこか投げやりに聞こえる淳之介さんの言葉に、返す言葉が見つからない。