君は紫陽花の小路をゆっくり眺めながら歩いていく。

 「高井さん、こっち。」

 君の手を引いて、大きな紫陽花の裏に回る。

 「ここ。」

 「ここが秘密の場所?」

 「そう。」

 君はしゃがんで俺を見上げる。

 「こうやって、隠れてたの?」

 「そう、落ち着くんだ。」

 「なんだか、分かる気がする。」

 とても穏やかな表情で君は言う。君の側にしゃがんで静かに聞く。

 「高井さんは、どうしてこの町へ?」

 「失ったから、自由に旅したかったの。」

 「何を?」

 「全部。」

 言葉を返そうとすると、急に雨が強くなる。慌てて君の手を引っ張って小さな東屋に避難する。君を腕に抱きながら、暫く雨の音を聞く。君は大人しく俺の腕の中で俯いていた。

 「すいません、ここ、狭くて。」

 君の肩に置く手に力が入る。

 「雨の匂いがする。」

 「そうですね。」

 「落ち着きます。」

 君は少し微笑む。

 「わたし、幸運なのかもしれないです。」

 「幸運?」

 「素敵な紫陽花見れて。」

 「良かった。」

 紫陽花に溜まる露も、霞んだ空気も、俺には見慣れたものだったけど。

 「きっと、すみれも気に入りますよ。」

 「すみれ?」

 君は呪文を唱える様に呟いて。

 「季節が春になればすみれの花が咲いてる丘があります。」

 きっと、貴女みたいに綺麗ですよ。

 「素敵ですね。」

 「また、来て下さい。」

 君はきょとんとして、少し笑ってくれた。そして言ってくれたんだ。

 「はい。」

 それだけで俺はとても幸せな気持ちになった。