君は店の前で立っていた。静かに雨を見ながら笑ってた。

 「お待たせしました。」

 「あっ。」

 君は少し微笑んで会釈する。俺は車のドアを開けて、君の荷物を後部座席に載せる。

 「どうぞ。」

 助手席にそっと座る君はとても上品で、俺は少し緊張しながらドアを閉める。

 「まず、宿にチェックインしましょうか。」

 「ええ。」

 君の横顔はとても美しくて。俺は見とれてしまう。ちょっと哀しそうに笑って君は俺を見つめる。

 「名前、俺、滝川永悟っていいます。」

 「滝川さん。私、高井すみれです。」

 「高井…さん。」

 すみれさんって、呼びたかった。だってその名前はぴったりで、着ているその菫色のワンピースみたいだった。

 「高井さん、宿まで20分くらいですから。」

 「はい。」

 「水栄館ていって、古いけれど趣のある宿なんです。」

 「素敵ですね。」

 「気に入ってくれたらいいです。あ、ここから先は紫陽花の道なんですよ。綺麗ですよ。」

 「紫陽花、好きなんです。すみれじゃないのに。」

 「菫も、綺麗ですよね。」

 君は返事をせずに窓の外の紫陽花を眺めていた。

 「子供の頃、ここによく隠れてましたよ。」

 「どうして?」

 「叱られたり、悔しかったりして、独りになりたくて。」

 急にクスクス笑う。

 「そんなに可笑しいかな?」

 「ごめんなさい。想像したら、可愛いなって。」

 「内緒ですよ?」

 「はい。」

 君は楽しそうに笑っていた。それが嬉しくて、車をゆっくり走らせた。