昔むかし、天才錬金術師と賞賛を受けた一人の女性がいました。
 女性の名はイリスと言いました。

 錬金術師と言うのは、精霊の力を借りて、様々な奇跡を起こす道具や薬を作る人を言います。
 錬金術師だというだけでも、国の中では様々な名声と富が約束されていましたから、天才の名のつくイリスの名声は留まるところを知りません。

 しかし、目立つものは、妬みの対象になるのが世の常です。
 イリスがその才能を開花させてからというもの、みなはこぞってイリスの作った品ばかりを買い求めようとします。

 イリスの品を取り扱ってる商会は売上がうなぎ登り。
 一方で、他の錬金術師の品を主に取り扱っている商店の売上はどんどん落ちていきました。

「イリスは何かおかしなことをしているに違いない! あんな高性能なものをあんな安く売れるはずがないのだ!!」
「しかもあの量!! 一人で用意するには無理があるだろう! そうだ! あいつは魔女だ!! 悪魔に魂を売って見返りに力を得たに違いない!!」

 こうして心の無い錬金術師や商人たちは、イリスを悪魔に魂を売った魔女だと糾弾しました。
 あまりに多くの声があり、また、イリスが魔女だと認めなければ、イリス以外の全ての錬金術師たちは生産を止めるとまで言い出しました。

 困ったのは国の王でした。
 王はイリスの実力は過分に理解しており、信用もしていました。

 しかし、どんなにイリスが天才だと言っても、一人で国中の需要を賄うことはできません。
 国中の錬金術師が生産を止めてしまえば、国民が困ることは目が見えていました。

 そこで、王はお触れを出すことにします。
 『全ての錬金術師の身分と地位を保証し、いかなる迫害も受けない』と。

 こうすれば、他の錬金術師がどんな手を用いようとも、イリスの安全が保証されるため、錬金術師も諦めるだろうと考えたのです。
 しかし、そんなことではみなの気持ちは収まりませんでした。

 結局、宣言通り錬金術師や商人たちは生産を止め、商品を売るのも止めました。
 そこで声を上げたのがイリスでした。

「分かりました。私がこの国を出ていけば、皆さん幸せになれるのでしょう。お世話になった人々と離れるのは心が痛いですが仕方ありません」

 こうして、イリスは付き添いの騎士サーパインと一緒に、国を出ていったのでした。
 錬金術師と商人たちは喜び、国王と多くの国民は悲しみました。



「さて、と。貴方も貧乏くじを引いたわね。行くあてのない私の付き添いだなんて」
「いいえ。イリス様。私は自分から志願してあなたの従者となったのです。力仕事から簡単なことまで、どうぞなんなりとお申し付けください」

「そう。じゃあ、ひとまず川を探しましょう。水がないと生きられないもの」
「分かりました。見つけましたらお声をかけますので、どうかそれまではお休みください」

 イリスは国王の計らいで、十分な資材と食料、それに強固な幌馬車と三頭の馬をもらいました。
 サーパインはそれの御者も兼ねており、新しくイリスが暮らすための集落を探して旅を続けているのです。

 しかし、行けども行けども川などどこにも見つかりませんでした。
 もしかしたら国の外には人が住む集落などないのかもしれないとサーパインは心配になります。

「イリス様。誠に申し訳ありませんが、まだ川は見つかりません。今日はもう遅い。どこかに野営しましょう」
「仕方がないわね。サーパインご苦労さま。今食事の用意をするから食べたらゆっくり休んでね?」

「いいえ。イリス様。夜は獣の時間です。イリス様が寝ている間は、私が見張りをしていますので」
「それじゃあ、サーパインはいつ寝るの?」

「明け方、少し眠りにつかせていただきます。集落が見つかるまでの間ですから、多少の無理は仕方ありません」
「そんな! ちゃんと休まないとダメよ……と言っても無駄よね」

 イリスの言葉にサーパインは一度だけ頷きます。
 それを見たイリスは、これ以上何を言っても無駄だと悟り、食べたものを片付けると幌馬車へ戻っていきました。

『ねぇ、エア。あの花、持ってきてるわよね?』
『イリス。キャンドルを作るんだね。あったはずだよ。それと、もう少し北に向かってごらん。集落が一つだけあるから』

『まぁ。最初っからエアに聞いておけばよかったわね。そんなことまでわかるだなんて。知らなかったわ』
『聞かれなかったからね。でも、このままじゃあ、僕ら集落を見つける前に干からびちゃうからね』

 イリスは右肩に乗せている、白い鳥のような生き物と会話をしています。
 エアと呼ばれたこの生き物は、精霊そのもの。

 イリスは幼い時からこのエアと共に過ごし、エアから錬金術の知識とそして精霊力という錬金術に必要な力を受け取っていたため、天才の名を欲しいままにしていたのでした。
 精霊エアに愛された者、これが天才錬金術師イリスの正体です。

「昨日はよく眠れましたか? 何やら心地よい匂いが漂ってきましたが、イリス様、昨晩は何かされていたのですか?」
「ええ、少し。サーパインさん。これから仮眠を取るでしょうけど、このキャンドルに火を点してから寝てみてくださいね」

 サーパインは意味が分からず首をかしげながら、イリスから手渡された紫色のキャンドルを受け取ります。
 そして横になる前に、言われた通りキャンドルに火を点けました。

「な、なんだか……急に眠気が……」
「おやすみなさい。サーパインさん。良い夢を」

 サーパインはキャンドルから放たれた匂いを嗅ぐとたちまち深い眠りに誘われていきました。
 そして、起きた時にはすっかり日が昇りきった後でした。

「はっ!? すいません! 寝すぎてしまったようです!!」
「いいえ。大丈夫ですよ。口で言うよりも疲れていたのでしょう」

「しかし……これでは集落を探す時間が……」
「大丈夫。私の言う通りに進んでくださいね。きっと集落が見つかりますから」

 またもサーパインは首をかしげながら、イリスの言う通りの道を進みます。
 すると驚いたことに、本当に集落が見つかりました。

 見つけた集落は小さく、そして周りの土地はやせ細っていました。
 食べるものが十分では無いのか、そこに住む人々も痩せて、病気を患ってる者も多くいました。

「まぁ酷い……サーパインさん。お願いします今から作る薬をここの人に配ってください。飲めば身体が楽になると言ってくださいね」
「分かりました」

 そう言うとイリスはいくつかの材料から、薬を作りました。
 出来上がった柔らかな光輝く水色の薬を集落の人々に飲ませると、たちまちみんな身体の異常が治っていきます。

「おお! ありがとうございます! あなたは神の遣わせた聖女様ですか?」

 そう言って集落の人々はイリスとサーパインにお礼を言いました。
 次にイリスが気付いたのはこの集落で使っている水でした。

 川というには濁りすぎた泥水を、ここの集落の人々は飲用も含めて利用していました。
 病気を患ってる人が多かったのはこの水が大きな原因でもありました。

 そこでイリスは今度は不思議な黒い石のようなものを作りました。
 今度は材料がなかったため、サーパインに頼んで遠くから採掘して来てもらったものを使い作ったものです。

「さぁ、サーパイン。これをこの川に投げ入れてみて」

 イリスの言葉通り、それを泥水の流れる川の少し上流に投げ入れると、不思議なことにたちどころに川の水が透明に澄んだ水へと変わりました。
 このおかげで、集落に人々は安全でおいしい水を手に入れることができるようになったのです。

 その後もイリスの作った様々な道具や薬のおかげで、やせ細った大地は豊潤に変わり、人々の生活は豊かになりその結果人が増え、集落はやがて村に、そして街になっていきました。
 サーパインはイリスの傍から一時も離れることなく、イリスの求める材料を身体を張って探し求めてきます。

 やがて、人々はイリスとサーパインを女王と王だと崇め、二人はそれを受け入れ建国することを宣言しました。
 不毛の大地から、常春の豊かな大地へと変わったこの土地に建つ国を、二人はサルタレロ王国と名付けました。

 こうして二人は仲睦まじく、いつまでも幸せに暮らしました。