「ふふふーん」
「なんだか今日は随分と陽気だね。エリス」

 姿見の前で鼻歌を歌っていたら、エアが話しかけてきた。

「だって。カリナだけでも楽しいのに。今日はアベルも来てくれるんだよ? 絶対楽しい日になるよ!」
「あ、ああ……そうだね」

 今日はこの前約束した、三人でお菓子を食べにいく白竜の日だ。
 約束の時間にはまだ少し時間があるけれど、あまりに楽しみでじっとしていられない。

 そんなことを考えていると、部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。

「すいません。エリス。ちょっといいですか?」

 声はカリナのものだった。
 どうしたんだろうと思いながら、扉を開ける。

「どうしたの? 約束の時間にはまだ少し早いと思うけど」
「それなんですが。実は今日のお誘い、都合が悪くなりまして。申し訳ないですが、今日はいけません」

 中に招き入れながら用件を聞く私に、カリナがとんでもないことを言い出した。
 まさか、今日になって来れないだなんて。

「え!? どうしたの!? 何か急用!?」
「ええっと。そうですね。どうしても外せない用事です。すいません」

「えー。そんなぁ。じゃあ、しょうがない。今日は諦めて、また今度の白竜の日にしようか? あ、アベルも来る予定だったんだけどね。予定合うかなあ……」
「いいえ! それはいけません! アベル様と行くのでしたら、どうぞ、お二人で!!」

 私が言った言葉に、カリナが凄い勢いで返してきた。
 カリナがこんな勢いよく喋るのは初めてだったので、私は目を丸くして驚いてしまった。

「あ、いえ。おすすめの甘味はまだまだありますので。今日はせっかくなので、お二人で行ってきてください」
「そう? じゃあ、そうしようかなぁ。あ、もし買って帰れるなら、カリナの分を買ってくるね」

「ありがとうございます。では、私は用事がありますのでこれで」
「うん。残念だけど、また今度ね」

 それにしてもカリナが来られないのは残念だ。
 そんなことを思ってふとエアを見たら、なんだか妙な顔付きでカリナの方を見ていた。



「えーっと、この店でいいのかな?」
「うん。多分。カリナに書いてもらった道通りに来たし、お店の見た目も名前も書いてある通りだし」

 カリナからもらったメモを頼りに、私とアベルは今回の目的のお店に到着した。
 今回のお菓子の名前は【クレムブリュレ】、どんなお菓子なのか楽しみだ。

「ひとまず入ろうか」

 そう言うと、アベルは扉を開け私を通してくれた。

「ありがとう」

 お礼を言って中に入る。
 店内は簡素な作りで、テーブルも全部で四つしかなかった。

「ひとまず、座ろう。ここでいいかな」
「うん」

 アベルに促されて、入口から一番奥にあるテーブルに座る。
 すると店員が近付いてきて、注文を聞いてきた。

 目的のお菓子の名前をアベルが告げると、店員は頷き奥に戻る。
 そのやりとりを私はじーっと眺めていた。

 今日のアベルの服装は、休みの日にもかかわらず、妙にしっかりしていた。
 そういえば、何か荷物が入っていそうな小さな袋も持っていた。

「どうしたの? そんなにじっと見て」

 私の視線を感じたのか、アベルが私に問いかけてきた。
 なんて答えればいいのか分からず、私は一瞬考えた結果、思った通りの言葉を言うことに決めた。

「なんか、今日のアベルはいつも以上に素敵だなって」
「え!?」

 私の言葉にアベルの頬が赤く染まる。
 よく考えたら、今の言葉は少し不適切だったかもしれない。

『あーあ。エリス。君ってほんとアレだねぇ……』
『うるさいなぁ。アレって何よ。アレって』

 エアに文句を返していたら、店員が戻ってきた。
 トレイに載せられたお皿を私とアベルの前に置いていく。

「それでは、ごゆっくりどうぞ」
「うん! ありがとう!!」

 店員にお礼を言って、私は目の前に置かれた【クレムブリュレ】に視線を注ぐ。
 白い陶器の器に入ったそれは、黄色と茶色のまだら模様をしていた。

「このスプーンですくって食べるんだね。あ、思ったより硬いのかな?」

 私は皿の上に一緒に添えられたスプーンで【クレムブリュレ】の表面をつつく。
 スプーンは中に入ることなく、美味しそうな音を立てる。

「いや、硬いのは上の部分だけみたいだよ」
「え? あ、ほんとだ」

 アベルが自分の皿の中を見せながら言う。
 スプーンで割られた上の部分は薄く、その中は黄色いクリームが入っていた。

「これは一緒に食べるのかな? じゃあ、食べてみようか」

 そう言うと、私はアベルと同じように上の硬い部分を割り、かけらにしたそれと下のクリームを一緒に口へ運ぶ。
 その瞬間、優しい甘さが口いっぱいに広がった。

「うわぁ……美味しい!」
「ああ。本当だ。美味いな。これ」

 アベルも口に入れた味に満足したらしい。
 間髪入れずに二口目を食べていた。

「ほんと美味しいねぇ。カリナも来られたら良かったんだけどね。残念だったなぁ」
「え? カリナが来る予定だったのか!?」

「うん。言ってなかったけど、本当は三人で来る予定だったんだ。でも、急に用事ができたって。あ、アベルなら用事があることは知ってるのかな?」
「あいつ……どうやって気づいたんだか……」

 アベルが何か独り言のように呟いた。
 何か変なことを言ってしまっただろうか?

「あれ? 私もしかして、変なこと言った?」
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」

 そんなやりとりの後、私たちは楽しく話しながら、【クレムブリュレ】を楽しんだ。
 アベルの提案で、追加でハーブティまで堪能した。

「ふぅ……美味しかったぁ。楽しかったぁ。ねぇ、もしアベルが良かったら、時間が合う時だけでもいいから、またこうやって甘いもの食べに来ない? 今度はカリナもきっと来られると思うし」
「あ、ああ。そうだな」

 食べ終わった後、私が言った言葉に、なんだかアベルは上の空のようだ。
 顔がなんだかいつもより真剣な気もする。

「どうしたの? なんか心配事?」

 気になって私が声をかける。
 そんな私にアベルはすごく真面目な顔をして言った。

「エリス。大事な話があるんだ。聞いてくれ」