カラン。

 「ふくや」のドアが開く。

 店に入って来たのは十七歳の少年。

 店主が店の奥の換気扇の下で、タバコをふかしながら本を読んでいる。

「あーやっぱ店の中は冷房きいてて涼しい!今日は暑いよねぇ。」
 少年が汗をぬぐいながら言うと、店主が立ち上がって言った。

「いらっしゃい。最近は若い子がよく来るね。ここは、洋服と一緒に幸せを売る店なんだ。洋服の服と幸福の福をかけてるんだ。うまいでしょ?」

 少年は言葉のキャッチボールが成り立ってない、と思った。
「うまくないよ。」

 打てば響くような突っ込みに、店主は少しムッとしたような顔をしたが、そのまま話を続けた。

「着ると元気が出たり、気合が入ったりする服ってあるだろう?そういう服をここでは売ってるんだよ。」
「ふうん。でも俺、今日金持ってないし。それに俺幸せなんか興味ないな。それより強くなりたいんだ。あいつらいつかぶっ飛ばす!」

 店主はにやりとしてから奥に引っ込んだ。
「なんだよあのオヤジ…うす気味わりぃな…。」

 少年が呟くと店主は黒いジャケットを持って出て来た。
「それ中々いいな。かっこいい。」
 少年は差し出されたジャケットを受け取った。
「君にはサービスだよ。僕も直也君と同じ十七のときは強くなりたいって思っていたからね。」
「マジで?ありがとう!あんたいい人だね。」

 少年は嬉しそうに言う。彼は、店主が知るはずのない自分の名前を言い当てたことには気づかない。

「そうかい?じゃあ、いい気分にさせて貰ったお礼に、いいこと教えてあげようかな。」
「うん。何?」
 少年は身を乗り出した。
「そこの窓から雪山が見えるだろう?」
 店主は窓の外を指差して言った。
 真夏であるというのに、さほど標高の高くないその山は、雪をかぶっている。

「あの山の頂上には雪女が眠っていてね。ずっと夢を見ているんだ。幸せな夢をね。」