それから一週間。毎日のように捨て垢から私と伊原くんが映っている画像が送られてきた。

 最初はコラボカフェへ一緒に行った日の後ろ姿だけだったけれど、今は廊下で私と伊原くんが会話している画像も送られてきている。

 遠くからこっそりと撮っているのは間違いない。
 けれど相変わらずメッセージはなにもついておらず、一体なんのために送ってきているのかがわからなかった。


 誰かに相談がしたかったけれど、伊原くんと関わらない方がいいと香乃には言われてしまったばかりで話しにくい。

 千世とももう話さなくなってしまったし、以前なら詩に相談していたけれど、今はそんな状況ではない。クラスでも少しずつ交友関係が広がってきたけれど、いきなりこういう内容を話すのは躊躇いがあった。

 やっぱりブロックしよう。そしたらもう画像を送られなくて済む。


「清水さん、どうかした?」

 席に座ったまま考え込んでいると、伊原くんが話しかけてきた。

「ううん、ちょっとぼーっとしちゃって」
「現文って眠くなるよなぁ」

 伊原くんは授業が終わるとよく私に声をかけてくれる。
 話しかけてもらえると、つい口元が緩んでしまう。伊原くんとこうして他愛のない会話をする時間は私にとって癒しだ。

 だからこそ、彼には話しにくい。知らぬ間に盗撮されていたことを知ったら、私たちの関係はどうなってしまうのだろう。


「見て、ここ! ちゃこに引っ掻かれた!」
「わ、本当だ。痛そう」

 ちゃこというのは、伊原くんが飼っているマルチーズ。ふわふわな白い毛で、やんちゃな性格らしく、よく引っ掻き傷ができてしまうそうだ。

「ちゃこにこれあげたら、すげー喜んでくれてさ〜」

 伊原くんが見せてくれた画像は、いちごの形をした犬用のおうちだった。

「かわいい〜! こんなのあるんだね」
「でも中には入らずに、いちごの部分潰して上によじ登ろうとすんの」
「本当だ〜!」

 二枚目の画像は、先ほどのいちごのおうちが潰れている。そしてその上でちゃこがお腹を見せて眠っていた。

「気に入ってくれたのは嬉しいけど、使い方違うんだよなぁ」

 伊原くんはこうして愛犬のちゃこの話や、トワの話、バイト先での話などたくさんのことを話してくれる。伊原くんとこうして一緒にいられるだけで幸せだけど——今も誰かが私たちを盗撮しているのかもしれない。


 そう考えた瞬間、身体が強張っていく。誰が私を監視しているんだろう。
 必死に笑顔を貼り付けながら、不審に思われないように伊原くんの話に相槌を打つ。

 周囲を見回したいけれど、勇気が出なくてそれすらもできなかった。



 その日の夜、夕食の時間が終わっても捨て垢からの画像は届かなかったので胸を撫で下ろす。ブロックをしたので、効果があったのかもしれない。

 机に出したままだったレターセットが目に留まり、私は詩に再び手紙を書くことにした。

 詩の学校のことには触れず、私の日常や家であったことなど、本当に他愛のない
話。盗撮の件はさすがに書けなかったけれど、伊原くん見せてもらった愛犬ちゃこの動画の話や、最近見つけたおすすめの癒し動画のことも書くと、便箋二枚ほどの長さになってしまった。


 独りよがりと思われるだろうか。でも詩に話したいことがたくさんある。
 近くにいるはずなのに、詩が学校に行けなくなったあの日から、私たちの心の距離は遠くなってしまった。

 手紙はドアの隙間に入れて、詩の好きなチョコレートの新作をドアの近くに置いておいた。


 十一時が過ぎた頃、歯を磨くために部屋を出た。詩の部屋のドアの前から、お菓子がなくなっていることに気づき、足を止める。

 詩が貰ってくれたんだ。
 それだけで嬉しくて、その場に座り込んでしまった。


「——っ」

 両手で口元を覆いながら涙を流す。
 手紙を読んでくれている。私に詩の傷ついた心を癒すことは難しいのかもしれない。けれどこれ以上傷つかないように、詩を守りたい。そのためにはいずれ、原因を聞かなくては対処ができない。


 だけど今は無理に触れずに、詩が自分でドアを開ける日を待つしかないだろう。
 一瞬、詩の友達に聞いてみようかと頭に過った。小学生から一緒の子で、私も知っている女の子がいる。

 でも、それをしていいものなかと悩む。
 話したくないと言っている詩の気持ちを尊重せず、無視をしたことにならないだろうか。……もう少し待ってみよう。

 涙を拭って、私は閉ざされた詩の部屋のドアを見つめながら改めて決意をした。


 ベッドに入ると、スマホの通知が鳴った。嫌な予感がして、スマホのロックを解除してアプリを開くと、また画像が送られてきている。
 ……今日は送られてこないと思ったのに。

 今度は別のアカウントからメッセージが届いていた。アイコンが同じなので、おそらく同一人物だろう。アカウントをブロックしたため、アカウントを作り直したのかもしれない。

 相手が私のIDをつけて投稿したらしく、鍵をつけていても、IDをつけられていると通知が届くみたいだ。

「……やっぱり撮られてた」

 廊下から撮影したもののようで、教室で話している私と伊原くんが映っている。
 犯人の目的に見当がつかない。一体誰がこんなストーカーみたいなことをしているのだろう。そんなことを考えていると眠気が吹き飛んで、なかなか寝付けなかった。