「——っ!」

 翌朝、目が覚めると眩しいほどの光が視界を覆った。薄めを開けると、カーテンの隙間から日差しが差し込んでいる。

 ……今の、日差しのせい?

 けれど、もっと目眩がしそうなほどで、まるでなにかが発光したみたいだった。
 もしかしたら疲れが溜まって、光ったように錯覚でもしたのだろうか。それに目蓋が重たい。昨晩泣いたせいかもしれない。

 準備を整えてリビングに行くと、テーブルに並べられた四枚のお皿と食パンを焼いている匂い。普段通りのような光景がそこにはあった。

 でも詩の姿はなく、部屋から出てきていない。お母さんは極力明るく振る舞っているけれど、気づくとため息ばかりついている。



「菜奈、遅れるよ」

 斜め前の席でコーヒーを飲んでいたお父さんに指摘されて、私は食べ終わったお皿を片付けようと立ち上がった。


「片付けとくから、もう行きな」

 お父さんは私が詩に拒絶された話をお母さんから聞いたのかもしれない。なんとなく気を遣われている気がした。

「お父さん……」
「菜奈は学校に行っておいで。お父さんたちは先生と今日話をしに行ってくるから」

 普段よりもゆっくりと朝食をとっていると思ったら、仕事の休みをとって中学校へ行く予定のようだ。


「詩と話がしたいって言ってた先生だよね? 大丈夫なの?」

 詩が会いたがらなかったのを見ると、その先生に対しても不信感を抱いてしまう。


「先生ならなにか気づいたことがあるかもしれないから、学校でのこと色々聞いてみるつもりだよ」

 微笑したお父さんの目の下に青い隈が見える。肌の色が白いのでわかりやすい。


「お父さん寝不足じゃない?」
「ちゃんと寝れてるよ。ほら、菜奈は学校行っておいで」

 お父さんが白く光った気がして、目を疑った。

「えっ」

 瞬きを繰り返して、念入りに周囲を確認する。けれど、なにも光っていない。

「菜奈?」
「……なんでもない! じゃあ、行ってくるね」

 見間違いかもしれない。そう思って、深くは考えないようにした。
 けれど、私の視覚の異変はまたすぐに現れた。

「トワの有名配信者とコラボって、予想通りだったよね」

 香乃の周囲がお父さんのときのように白く光り、驚愕する。
 ……見間違いじゃない?

「え、まじ? 私全然わからなかった。香乃そういうのよくわかるね」
「トワのフォローしてる相手とか交友関係見てたら、なんとなく」

 再び白く光ったのを見て、足を止めて呆然と立ち尽くす。
 今のはなに? どうして時々、香乃が光って見えるの?

「菜奈? どうしたの?」
「あ……えっと、今なにか光らなかった?」

 千世は「光った?」と不思議そうにして、香乃は辺りを見回して首を横に振った。

 ふたりにはあの光が見えていないらしい。

「ごめん、気のせいかも」

 駆け寄って、へらりと笑ってみせる。
 事情を説明しても信じてもらえる気がしない。私だって、いきなり人が話すと時々光って見えるなんて言われても信じきれない。

 それに光るときと光らないときが、何故あるのかがわからない。

「そうだ、香乃。トワリスのゆーかちゃんと仲良くなかったっけ?」
「別に仲良くないよ。名前知ってるくらい」

 また香乃の周囲が発光した。光のオーブのようなものがふわりと漂って消えていく。今度は赤と白の二色だった。

 ゆーかちゃんという子は、私たちと同じトワのファン。私は以前香乃が彼女とSNSのリプライをかなりの頻度で送り合っているのを見たことがあった。

 昨年の冬にオフ会をしたという話も聞いたことがある。それなのにどうして香乃は仲良くないというのだろう。


「あの子今炎上してるらしいよ」
「えー、そうなの? 初めて知った」

 ……あ、まただ。今は白の光が見える。今のところ、千世は一度も光っていない。

「菜奈、もしかして体調悪い? さっきから様子が変だけど……」
「ううん、ちょっと目が痛くて」

 その瞬間、私の周りも白く光った。
 今、私の言葉に反応したの?

 千世が心配そうに私の顔を覗き込んでくる。

「目、少し充血してるね。大丈夫?」
「……うん」

 怖い。この光の正体は一体なに? 私にだけしか見えていないのはどうしてなの?

 私の中で得体の知れないなにかが起こっている気がして、焦りと恐怖が心に影を落としていった。