「たいしたことないんだよ。」
からっと笑った彼は、ただそれだけしか言わなかった。
まるでそれ以上聞くなと言われているようで。
私は黙るしかなかったのだった。
「きっと、あの人もルールを破ってるんだろうね。」
握られた手に力が込められたのが分かる。
眉間にしわを寄せた小さな彼。
幼いながらに怒りの表情を浮かべるユウくんに少し戸惑った。
ユウくんの言う”あの人”とはシオンさんの事だろう。
思い返せばシオンさんも協力や助言をしてくれていたから。
そこではっとした。
私がここに来た理由を忘れてしまってる。
「そういえば、ユウくんとシオンさんって…?」
シオンさんのユウくんに向ける感情と、ユウくんがシオンさんに向ける表情。
どちらも怒りが含まれていると、なにも覚えていない私でもわかったから。
そこになにか勘違いがあるのなら、私が解いてあげたい。
それがルール違反になったとしても、彼女にはお世話になったのだから。
これくらいしたいと思うのだ。
しかしユウくんは首を傾げた。
「僕はシオンさんを知ってるよ。だけど、”シオンさん”は知らないんだ。」
「…どういう意味?」
前も言っていた。
『”シオン”って、誰のこと?』
それは、どう言う意味なのだろうか。
ユウくんとシオンさんは知り合いで。
なのにユウくんは知らないと言う。
「知ってるけど、知らないんだ。」
くすくすと笑う小さな彼。
まるで私を惑わして遊んでいるかのような。
『惑わされてはいけないわ。』
彼女の真面目な顔が、思い出された。
ユウくんが私を惑わすわけないのに。
そんなことするわけないのに。
今、心の中で疑っている私はなんと愚かなのだろう。

