「さ、そろそろ帰りましょうか。」


彼女はユウくんに冷たい視線を送ったまま、短くそう言った。

思えば、ユウくんに会いに来たときも、
「どこに行ったのかしら。」
シオンさんは冷たい表情をしていた気がする。
そして彼女はけしてユウくんを見ようともしなかった。

それは明らかに私に向けるあの表情とは違って。
彼女はユウくんのことを、嫌っているのだろうか。


「くゆるちゃん?行きましょう。」


くいっと急に引っ張られて、私は危うくバランスを崩しかけてしまった。
彼女は早く行こうとぐいぐい手を引く。


「待って、」


ぐらり、今度は後ろに傾く体。
振り返れば、私の服の裾を掴んだユウくんが見上げていた。


「どうしたの?」


シオンさんに手を握られたまま。
少し体をかがめて視線を合わせれば、彼はにっこりと笑った。


「また来てね。僕待ってるから!」


子どもらしい、真っ直ぐな笑顔。
さらさらの黒髪が輝いて見えた。


「約束ね。」


空いた手でユウくんの頭を撫でると、髪はさらりと指を滑って。

やっぱり、私はこの感触を知ってる。
手を離すのが惜しいくらいに懐かしく、それと同時に待ち望んでいた感覚。
そんな気がした。


「じゃあ、また来るからね。」


名残惜しく思いながらも、後ろに待たせている彼女を思うとこれ以上時間をかけられない。
頭を撫でていた手をゆっくりひっこめると同時。
彼は一歩私へ近づいて。
不思議に思う私の耳元で、小さくつぶやいたのだ。


「ねぇ、」


それは、私を大きく惑わせる言葉。


「”シオン”って、誰のこと?」


私の手を握る彼女の手が、やけに冷たく感じた。