俺様御曹司が溺甘パパになって、深い愛を刻まれました

女の人は周囲を見回すと、美夜達を見て目を止めた。

眉を顰めて、すこし首をかしげる。
不躾に見てしまったことを咎められたのかと思い、二人で慌てて頭をさげた。


すると視線を外し旅館内へと足を進めた。怒られなくてほっとしていると、中から焦った様子の音夜が飛び出してきた。


鈴堂(すずどう)さん……!」

「音夜さんっ!」


硬かった彼女の表情がぱっと明るくなる。
山には歩きにくそうなパンプスで、駆け寄ると大胆にも抱きついた。



「音夜さん! ずっと連絡も受けてくださらないし、会社にもいらっしゃらないようで探しましたのよ!」

「鈴堂さん、ここは公共の場でわたしは仕事中です。場をわきまえてください」

鈴堂とよばれた女性の嬉しそうな雰囲気とは対象に、音夜はうんざりした顔をしていた。
厳しい物言いに驚く。


「先ほどお父様から連絡がありましたよ。職場には来ないでいただきたいと、再三申し上げてますよね」


「だって、メールも返してくれないし電話も出てくれないじゃない。秘書室に電話しても全然教えてくれないの。父にたのんで、省吾(しょうご)おじさま経由で、この勤務先をやっと教えてもらったんですよ」


省吾の名前は美夜も知っていた。
美才治省吾(みさいじしょうご)、音夜の父親だ。本社の取締役社長を務めており、各グループ会社の常任理事となる。

親しそうに呼んでいるのが気になって、ぴくりと眉を動かした。
二人の抱擁に一瞬むっとしてしまった美夜だが、よくよく考えれば彼女が勝手に抱きついただけだ。


そして鈴堂の言い分に内心首をかしげる。
それは、避けられているというものではないだろうか。
会社に電話するのもマナー違反だし、秘書室が部外者にスケジュールを教えるはずはないのでは……と瞬きが多くなる。


「鈴堂さん、会社に電話をするのはやめてください。業務に差し支えるんです。こういった行為は控えていただきたいと、何度もお願いしているはずです」

綾香(あやか)と呼んでくださいと、わたしもいつもお願いしてますのに……」


これ見よがしにしゅんとする綾香に、その場のだれもがうわあといった汗を垂らした。

我が儘に慣れているのか、涼しそうな顔をしているのは、付き添った運転手だけであった。