高級ホテルを飛び出し、とぼとぼと家へと帰りながら、深いため息をつく。

解雇の辞令をうけるためだけに昨日着たスーツは、しわくちゃだ。

豪遊してやろうと、財布にはいつもより多めの現金があったから多少は置いてくることができたが、きっとあの部屋の支払いには到底足りないだろう。
残りのホテル代はかならず返すと置手紙をしホテルを出てしまったが、はたしてこれでよかったのだろうかと心臓がじくじくとした。


「頭いた……」


呟きはアスファルトに落ちる。
日射しがこめかみにささってズキンとした。やっぱり二日酔いかも。

なんであんなにやさしくしてくれたのだろう。

そういえば音夜は、午後は一緒に出掛けるようなことを言っていた。
酔っぱらって、なんでもいいから慰めろとか、一日でいいから付き合ってほしいとか口走ったんじゃないだろうか。

営業マンとして尊敬して、音夜のことは認めていた。美目の良い男だと思っていたから、酔った勢いで言っていないとは言い切れない。

互いの連絡先もしらないから、自分から会おうとしなければこのまま関係は切れるはずだ。
どうか、彼に迷惑がかかりませんように。

さすがに音夜も、会社まで問い合わせてはこないだろうし、会社もそうやすやすと辞めた人間の個人情報を渡したりはしないだろう。

これ以上プライベートで会うのは音夜にとって良くない。


ホテル代は郵送でなんとかしようと決心し、家路を急いだ。