個室の病室内はシンと静まり返り、時折廊下を通る看護師の足音が聞こえる。

点滴の針を刺すために捲られた袖からのぞく細い腕を見て、自分の不甲斐なさに後悔が滲んだ。

揃いの指輪がはめられた陽菜の左手をぎゅっと両手で握り、懺悔するようにその手を額に寄せる。

彼女の不調にまったく気付くことが出来なかった。

念願だった陽菜との結婚と幼児教育分野への参入を果たし、らしくなく浮かれていたのかもしれない。

次期後継者として指名され、社内全体に自分の身分が明かされたことで、周囲からの視線はあからさまに変化した。

母親の旧姓である佐々木から麻生の姓を名乗ることで、自分以上に周りが困惑していたように思う。

新事業部が発足し、いよいよ動き出した幼児教室のプロジェクトリーダーを任されたが、七光りだと揶揄する声は少なくない。

一時期は思うように舵取りが出来ず、陽菜に弱音を吐いてしまったこともあったが、彼女に励ましと喝を入れられ、初心を思い出して仕事に邁進する毎日。

教育IT業界で注目を浴びている『ブルームテクノロジー』というベンチャー企業のやり手社長から提携の話を持ちかけられ、AIを使った新たな教育ツールの開発に着手し、より話題性が高まるよう広報にも力を入れた。