雪のとなりに、春。

*奏雨side*

「ただいま」


キッチンで食器を片付けているお母さんに声をかけると、無表情が私を迎える。


「おかえりなさい奏雨。今日も食事はいいのよね?」

「うん、ありがとう」


食事をとる暇があるなら勉強しなさい、という心の声がはっきりと聞き取れる。
わたしはそれに対して当然というように頷いた。
むしろ勉強する時間を作ってくれてありがとう。

そうしないとお母さんの機嫌は悪くなってしまうから。

わたしのワガママで進学先を変えたのだ。
ただでさえいい気分じゃないお母さんをこれ以上刺激するのは避けたい。


自室に戻り、ポケットからスマホを取り出す。
とある人の名前を表示し、通話ボタンをタップ。スマホを耳元に当てて椅子に腰掛けた。


『おーカナメ、どーした?』


程なくして聞こえてくる兄の声は、わたしが覚えているのよりも少し高くて機嫌が良さそうだった。

こっちの気もしらないで。

兄の機嫌の良さそうな声を聞いて、気持ちがぴりついた。


「お兄ちゃん、わたしの格好で奈冷の家に押しかけて、しかも婚約者だって言ったそうじゃない。なんてことしてくれるのよ」


少し強い口調になってしまったのも仕方ない。
だってこの人は、わたしの今までの頑張りを水の泡にしようとしたんだ。
だいたい妹の姿になる兄がどこにいるというんだ、想像したくもない。

奈冷も奈冷だ、一目でわからないなんてひどすぎる。

わたしはそんなにも兄と似ているのか。
はたまた、兄の変装のクオリティーがよっぽど高かったのか。

……どちらにしても、不快なのには変わりない。