私のヒーロー。

 後ろから未那はそっと近づくと、恐る恐る「こんにちは」と声をかけた。
 猫と戯れあっていた男の子が未那の方を見る。小学生の時と同様あまり変わらないパッとしない顔立ち。無表情な顔。
 少し雰囲気が明るくなったような気もしたけど、それは猫に対してだけなのかもしれない。
 なぜなら彼は未那を見るなり少し視線を逸らした。
「久しぶり」
 未那が胸の前で小さく手をあげて言うと、彼はぶっきらぼうに「おう」とだけ言った。
「幾田春輝君、だよね?覚えてる?私のこと」
「覚えてるよ。有安未那だろ」
 春輝はぶっきらぼうにそう返すと、また猫と戯れあいはじめた。
 時々口にする「やめろよ」とか「可愛いな」という彼の声はさっきのぶっきらぼうな彼の声と違って明るかったし優しさも感じられた。
 未那ら黙って春輝の隣にじゃがむと言った。
「幾田君は、菜々子さんと知り合いなの?」
「いや、俺は新郎の渕上誠の方。あいつ、俺の母方のいとこ」
「誠さんってどんな人なの?絵が上手いんだよね?」
 またぶっきらぼうにそう返した春輝にめげずに未那は質問した。
 別に今更変わり者の幾田春輝と仲良くなりたいと思っていた訳ではなかった。ただ単に誰かと話していたかった。じゃきゃ息がとまりそうだった。
「多分。新婦の小林菜々子も絵が上手いって聞いた」
「うん。菜々子さんは私の通ってる中学校の高等部の先生なんだけど、すっごく絵が上手いんだよ」
「有安未那、お前の中学どこだっけ?」
「星陵女学園」
「あーあの女子に人気の女子校」
 春輝は独り言のようにそう呟くと、一呼吸置いて言った。
「有安未那の学校、教師と生徒の距離が近いんだな」
「別にそんなんじゃないよ。菜々子さんは私のただの親戚だよ」
 そう返した未那に春輝は面白くなさそうに「ふーん」と返した。そして、また猫を撫でながら言った。
「あいつら計画性がないよな」
「え?」
「最後の」
「あぁ」
 子供ができたことか。2人が今年の夏に籍を入れていたのはしっていたけど子供ができるのは確かにはやいな、と未那も中学生ながら思った。子供を持つ時期に結婚して何ヶ月とか何年とかなんて決まりはないのだろうけど。