「やあ。君たちが……『新人』ということで、いいのだね?」


 そう、穏やかに微笑む初老の男性。広大な農地を映したようなブラウンの髪から(のぞ)く、海よりも濃い青い瞳がこちらを値踏みするかのように見つめている――気がした。きっと気のせいだろう。色は違えど、どこかペッシャール嬢に似ていると思うのは、やはり血がつながっているからだろうか。とても優しそうだ。



 俺たちが北公爵領に送られてきたのは、卒業式典が無事終了したであろう深夜二時頃。(ろう)に入れられもせずにそのまま、凍った(・・・)マルレーヌ嬢とともに送られた。彼女が凍っていたからなのか、いつも聞こえる甘ったるい声(・・・・・・)が聞こえなかった馬車の中で、ふと今までのことを思い返した。他二人は未だ文句を呟いていたが。己を(かえり)みていたら、なんであんなこと(・・・・・)をしてしまったのかわからな――いや、調子に乗って格上にやらかしてしまったのは、わかる。ただ、どうして『ペッシャール嬢だけ』に食って掛かったのかはわからなかった。あれは、なんだったんだろうか。

 そうこう考えているうちに公爵領に着き、別々に個室という名の『独房』のような窓一つない部屋に入れられた。おかげで、先程一人で考えていたことをもう一度(かえり)みることができた。今では――本当に申し訳ないことをしたと思う。

 そして、迎えた朝。俺は自分の行いを振り返っていたため、全く寝付けず……気が付いたら朝を迎えていたので、少し頭がぼんやりとしていた。他二人と溶かされた(・・・・・)マルレーヌ嬢は、ギャーギャーワーワー……耳が裂けるかと思った。朝からとても元気だった。きっと、よく眠れたんだろう。この状況でよく眠れるもんだ。

 北公爵様が現れると、ゆったりとした時間が流れる北の領地に似合う穏やかな雰囲気を纏っていたからか、三人は黙って見つめたいた。マルレーヌ嬢は、うっとり……してる? 顔がいいからかな。俺は考え込んでから負い目を感じているので、挨拶でも顔を上げづらく、ほぼ下を向いていた。声をかけられて一瞬見えた、海よりも濃い青い瞳に値踏みされている気がするのは、やはり俺だけのようだった。

 挨拶が終わると、北公爵様は俺たちを――というより、俺以外は一緒にどこかへ連れて行かせた。え、俺だけ何で居残り? 馬車馬のように働くんじゃないの?

 未だワーワー喚いていた、以前は甘ったるく(・・・・・)聞こた声とギャーギャー唸る声たちが聞こえなくなると、再び声をかけられた。


「……どうやら、己の状況を理解できている(・・・・・・・)のは、君だけみたいだね」


 茶目っ気たっぷりにウィンクをしながら、この地の対魔物討伐兵士(レンジャー)の役目について教えてくださった。話の節々に強さや威圧とは違うような……言葉だけでは言い表せない『何か』が、垣間(かいま)見えた――本能で『怒らせてはいけない人』だとわかった。俺は今までのことの反省を示すために、この人について行くしかない。いや、ついて行きたい。ペッシャール嬢に謝罪できない今、この人についてこの北の大地をしっかりと守っていこうと思う。

 こうして俺は北公爵様の下で、鬼神が憑依(ひょうい)したかの如く大地を守護する彼に少しでも追いつけるよう、対魔物討伐兵士(レンジャー)の新米として一から鍛え直してもらい始めた。

 ……いつの間にか、他の対魔物討伐兵士(レンジャー)のように『鬼軍曹』様を崇拝(すうはい)し始めていた自分に驚きながら。



「ワイバーンなんかに、この地を取られるな‼」
「「「「おぉー‼」」」」




 っていうことがあったとか、なかったとか。