日差しの照りが夏に近づいてきた今日は、一年次合同課外実習の日。魔法科・騎士科・官吏科全ての一年生が日々の制御を基本とした魔法基礎訓練をこなし、ある程度攻撃魔法を扱えるようになった一月〜二月目の間に学外での戦闘訓練実習に参加する。全ての科生が対象なのは、魔物と共に生きるアルバでは、魔力内包量の多い者が戦えないと生きていけないからだ。
で、今は十人毎に教師が一人ついた班に分けられ、学院でよく実習に使う初心者訓練用の森にいる。いるんだけど……もう一度言うけど、初心者訓練用の森にね。通常攻撃練習のゴブリンと魔法耐性持ち用練習のスライムしかいない、アルバでは『超』がつくほど初心者向けの場所にいるはずなんだよ。
おかしいな。目の前に巨大なお肉が歩いてるわ……。
「あ、豚肉だ」
「何呑気なこと言ってんの!?」
「いやー、だって西公爵領にいると――可愛いもんだよ?アレ」
「ボサっとしてないで逃げるよ! レティシア!」
「なんで? それよりさぁ、アリス。豚汁食べたくない?」
「何故今!? ほら!早く!!」
「逃げてたら、実習の意味無くない?」
「それとコレとは別でしょう!? 先生ですら逃げてるんだよ!?」
「えー……お腹すいたのに」
そう。何故か先生が真っ先に逃げてる――何でよ? オークぐらい倒せないと、この学院で先生やっていけないんじゃない? まさか、鍛練しないの? この学院出身なら、やってなかったら……まずくない?
「じゃあとりあえず、動かなくなったらいいんだよね?アレ」
「え? いや、まあ。そーだけど……」
「じゃあ、そーれ」
ドーン……。
普通のより少し大きめの肉の塊が急所だけを綺麗にくり抜かれて、周りの木々を薙ぎ倒しながら倒れた。レティシアと同じ班の逃げ惑っていたメンバーは立ち止まり、呆然と立ち尽くしている。勿論、いの一番に逃げ出した先生も。
「「「……え?」」」
「いや、だから可愛いもんだよ?アレ」
「「「……」」」
「何で先生まで『え?』みたいな顔してるんですか? はぁー……お腹すいちゃったし、豚汁でも作っていーい? 倒した魔物は生徒の持分っていう訓練でしょ? 作っても良いですよね? 野外実習なんだし」
「えっええ。そうですね……」
「レティ!?」
ちょっと圧込めたからって、ビビらなくてもいいじゃない? そ・れ・よ・り!ちゃきちゃきと動きますよ? 鮮度が大事だからね! キビキビ動いて、サッと手速く部位を分けていく。あ、このオークさん、魔石持ちじゃん。だから、ちょっと大きい個体だったんだね。浄化かけてからじゃないと、周りのお肉が美味しく食べれなくなっちゃうんだよねー。
「コレくらいで逃げてちゃだ〜め! 特に、そこの騎士科!!あと、先生も!! さっさと捌く!」
「「「ハイィィぃぃ!!」」」
私は知らなかったんだ――すっかりペッシャール家に毒されてるって事をね。料理が好きな私には、日本よりも色々な意味で生き生きと料理をする環境が整っていた。
ちなみにどの公爵家に行っても、一般人からしたら逃げて応援を呼ぶ必要があるオークは、ゴブリンやスライムに匹敵する初心者向け魔物と言われる。学院で初心者にしか教えない平和ボケした教師たちが、逃げるのも無理もない。騎士科の教師である現役の騎士の先生たちは、毎年この時期になると騎士科の上級生を連れて南公爵領の訓練地で対陸の魔物討伐練習合宿を行うために不在。本来ならこの国では魔法科も官吏科も戦えないといけないのに、職務を怠った教師らが悪いとも言える。
あ、あの木の根元にキノコ生えてる! 土が良いんだ――ここ、ふかふかじゃん! 秋になったらキノコ採りして、キノコのお味噌汁作りたいなぁ。そんな呑気なことを考えながら、テキパキと素材として売れる部分・食用に向く部分とに分けていく。
結局、先生達は捌き方も知らず、私が全部捌いた。女神様にもらった空間魔法を使って素材部分と食用部分を収納し、別に分けて置いておいた食用部分を使って豚汁の準備をする。同じ班の騎士科生はお坊ちゃんたちが多く、野営の仕方すら知らなかった。おかしいな・・・・・・ルシールさんもラウルさんも、彼らの甥っ子で私たちより一つ上のアランくんもこの時期なら野営の訓練のやり方は習ってるって言っていたのになぁ。
あ、アランくんは後から知ったけど攻略対象の一人。騎士団長の息子さんで、ルシールさんとラウルさんは騎士団長の弟妹。しかも双子だった――知らなかったよ! 入学前にあったルシールさんの結婚式で初めて知ったよ!! ルシールさんがもし産休に入るなら、「代わりに護衛としてつけるからね?」って良い笑顔の殿下に紹介されたの・・・・・・。こんな近くに攻略対象の身内が居たら、回避どころではないよね。まぁ、ゲームも多分始まってないし? お父様やお兄様が脳筋すぎて、お兄様の奥様であるお義姉様と双子の叔父様叔母様に「ああは、なるな」と言われて育ったせいか、ゲームの設定よりも脳筋っぽさがなく、寧ろ軍師や参謀みたいに頭脳派になっちゃってるから……いいか。見た目も厳つい筋肉ゴリラじゃなく、必要な筋肉を無駄なく計算されてつけてる感じ? おかげで攻略対象って気づかなかったわ。それより、この脂乗りすっごいなぁ。触った部分から手の温度だけで溶けていくおかげで、薄くスライスしづらい……。
思考が明後日の方に行っていても、確り手を動かしてますよ。だって、お腹空いてるからね! えっと、空間収納に蒟蒻ってあったかなぁ――あ、あったわ。天かすの予備の方がないから、このオークの脂を溶かして、フライパンでちゃちゃっと少量だけ揚げ焼きで作っちゃえ!
いつの間にか自前エプロンに身を包んで、料理し出す私の横にスタンバイするアリス。説明した通りに竈門と私が持参した野営用テントを組み立て、少し離れた場所に立つ同じ班のメンバーと先生が私の手元を見つめていた。いや、びっくりしすぎでしょ? あ、令嬢が料理するのは珍しいんだった。まぁ、領内討伐に出るようになってから、料理させてもらえてよかったって思ったけど……まさか、このお坊ちゃんたち、料理もできないなんてこと――あるか。野営の授業内容が入ってない奴らが、野営で料理できるわけないよね。マジか……。
ガックリと肩を落としたい気持ちを内にしまい、手招きで騎士科生達と先生を呼ぶ。何で私の班はアリスと私(と使えない先生)以外、騎士科しかいないんだよ。しかも使えな……もう、いいや。お腹空いたー!! ちゃっちゃと教えて、パパッと作って食べる!!
おっと、『障壁』張っとかないとゴブリン達が匂いに釣られてやってくるわ。多分知らないであろう野営知識を騎士科生と先生に伝授せねば……やっぱり知らんのかい!!
『障壁』は基本属性と上位属性で使える結界のことで、大体十人程度守れる大きさ。匂いも遮断できるから、野営では必須。まぁ、私が空間魔法を使えるから、上位互換の『広範囲結界』かけてもいいんだけど。ちょっと規模が違うし、ゴブリンやスライムしか出ないなら……まず死なないから、かけない。彼らには、自分達で野営の仕方覚えてもらわないとこの先騎士としてやっていけないし――授業の意味ないしね。
そそくさと『障壁』を張らせ、空間収納から出した蒟蒻、エペの根、イモ、白サイサイをそれぞれ切っていく。アリスは隣で手際よく切っていく中、私は騎士科生に教えながら手を進める。特にこれから野営訓練が増えていく騎士科生は、自分の分くらい作らないとね。確り剣の振り方を教わっているおかげか包丁も真剣に扱ってくれるので、少しぶきっちょながらも野菜たちを切り終えた。
一番問題だったのが先生。ぬるま湯に浸かり切った教えをしてた先生は当然野営経験もなく、家柄もお金が有り余ってるタイプの上位の方にいる伯爵家の出らしく、家を出ても使用人にやらせているから当然料理もしたことがない。包丁持つ手が震える以外しなかったので、刺したり切ったりする前に取り上げた。
四公爵家なら野営は当たり前だから、前線に行く人は大概できる。私が初めて料理したいと言った時に駄目だと言われたのも、ただ幼すぎただけ。野営が始まる頃には、公爵家の必須授業に入るってお父様達が言ってた。マジか……私が一生懸命強請った意味!! というか、魔物と対峙する必要がない貴族はこんなもんか――と色々思ってしまった。
みんなが野菜と格闘している間に、先にセットしていた飯盒の面倒を先生に頼んで、横でささっとオークの脂を溶かして天かすを少量作っておく。こっち見なくていいよ、先生。飯盒だけ見ててくれたらいいから。
野菜と格闘し終えた人から順番に、小鍋に脂をひいてさっき切り分けたお肉を焼かせる。今回は野営版だからお肉に半分火が通ったくらいでイモとエペの根、水を入れて煮込む。私とアリスの分だけ、空間収納からこっそり取り出したストックしてあった出汁を入れて煮込む。野営なんだから、出汁がなくても大丈夫。でも、せっかく久しぶりの豚汁(あれ?オーク汁?)なんだから、アリスには美味しい豚汁にしてあげたいよね! アリスの分は私が大鍋で一緒に火を通しているので、問題ない問題ないよーあっははー。
やばい……若干、さっきの授業にならない戦闘のせいでハイになってきたわ。いいや! ノリノリで作っちゃお!ヤフー!
ノリノリしすぎて途中で騎士科生に白サイサイと蒟蒻を入れる指示出しを忘れかけて、急いで入れてもらって煮る。切って入れるだけで栄養ありの汁物できるんだから、これぐらいがんばって覚えてよね! テンションおかしくて申し訳ないけど。お詫びに、騎士科生達にはストックしてたお味噌様が入った小壺を一人一個ずつ授けておいたわ。
野菜が煮えたところで一度だけ灰汁をとり、小壺からそれぞれ味噌を入れる。本当は火を止めた方が味噌を入れるのにいいんだけど、野営版は火を止めれないからそのまま入れる。野営に、火は必須だからね!
味噌が溶けたところに作った天かすを入れ、蓋をして少し待つ。その間に、先生に任せていた飯盒からご飯をよそって一膳ずつ配る。勿論、大役を果たした先生にも。
汁物用の器も行き渡ったところで、それぞれ鍋を火からあげ、各自座ってお昼にする。先生のは、私が作ってた大鍋からよそって渡した。
女子二人で、こっそり「いただきます」と手を合わせて食べる。あぁ、出汁とお肉の脂のジュワッと溶けていく甘さが混ざって美味しい――これ、あとで知ったら殿下怒るよね……。
「……美味しい。やっぱりお味噌汁とご飯って、最強だよね」
「アリスは、特にお味噌汁が好きだったもんね」
「レティが作るのは、間違いなく美味しいしね!」
「あら、嬉しい! そんなアリスに、あとでデザートつけちゃう!」
「やった! ありがとー」
小声でこんなやり取りしている向かいからは、「これ、俺が作ったのか?」や「うまい……」とか、初めて作った豚汁を味合う男たちの会話が聞こえてきた。しっかり根菜の火の通り加減を伝授したから、生煮えの心配もないしね!
アリスと二人微笑み合い、残りのご飯を食べてから、今度は片付けのレクチャーに入った。レクチャー中にこっそり、残りの豚汁を小鍋に移して空間収納に入れておいた。
先生よりも私が先生したような課外実習は、ご飯の後に出てきたスライムを倒す戦闘訓練をして終わった。他の班より私たちの班の騎士科生が自信を持てたのか、実習後の復習座学で生き生きとしていたのは放っておこう。なんだか、構ってしまうと西公爵家の対魔物用海兵隊に来そうなのよね……。
課外実習があった次の日のお昼。案の定実習中の行動がバレていた私は、何も言わずに空間収納から豚汁とおにぎりにしておいたご飯を取り出す。笑顔が怖い方から優しい方に変わった殿下は、嬉しそうに食べていた。ほんと、誰が報告してんのよ!?
で、今は十人毎に教師が一人ついた班に分けられ、学院でよく実習に使う初心者訓練用の森にいる。いるんだけど……もう一度言うけど、初心者訓練用の森にね。通常攻撃練習のゴブリンと魔法耐性持ち用練習のスライムしかいない、アルバでは『超』がつくほど初心者向けの場所にいるはずなんだよ。
おかしいな。目の前に巨大なお肉が歩いてるわ……。
「あ、豚肉だ」
「何呑気なこと言ってんの!?」
「いやー、だって西公爵領にいると――可愛いもんだよ?アレ」
「ボサっとしてないで逃げるよ! レティシア!」
「なんで? それよりさぁ、アリス。豚汁食べたくない?」
「何故今!? ほら!早く!!」
「逃げてたら、実習の意味無くない?」
「それとコレとは別でしょう!? 先生ですら逃げてるんだよ!?」
「えー……お腹すいたのに」
そう。何故か先生が真っ先に逃げてる――何でよ? オークぐらい倒せないと、この学院で先生やっていけないんじゃない? まさか、鍛練しないの? この学院出身なら、やってなかったら……まずくない?
「じゃあとりあえず、動かなくなったらいいんだよね?アレ」
「え? いや、まあ。そーだけど……」
「じゃあ、そーれ」
ドーン……。
普通のより少し大きめの肉の塊が急所だけを綺麗にくり抜かれて、周りの木々を薙ぎ倒しながら倒れた。レティシアと同じ班の逃げ惑っていたメンバーは立ち止まり、呆然と立ち尽くしている。勿論、いの一番に逃げ出した先生も。
「「「……え?」」」
「いや、だから可愛いもんだよ?アレ」
「「「……」」」
「何で先生まで『え?』みたいな顔してるんですか? はぁー……お腹すいちゃったし、豚汁でも作っていーい? 倒した魔物は生徒の持分っていう訓練でしょ? 作っても良いですよね? 野外実習なんだし」
「えっええ。そうですね……」
「レティ!?」
ちょっと圧込めたからって、ビビらなくてもいいじゃない? そ・れ・よ・り!ちゃきちゃきと動きますよ? 鮮度が大事だからね! キビキビ動いて、サッと手速く部位を分けていく。あ、このオークさん、魔石持ちじゃん。だから、ちょっと大きい個体だったんだね。浄化かけてからじゃないと、周りのお肉が美味しく食べれなくなっちゃうんだよねー。
「コレくらいで逃げてちゃだ〜め! 特に、そこの騎士科!!あと、先生も!! さっさと捌く!」
「「「ハイィィぃぃ!!」」」
私は知らなかったんだ――すっかりペッシャール家に毒されてるって事をね。料理が好きな私には、日本よりも色々な意味で生き生きと料理をする環境が整っていた。
ちなみにどの公爵家に行っても、一般人からしたら逃げて応援を呼ぶ必要があるオークは、ゴブリンやスライムに匹敵する初心者向け魔物と言われる。学院で初心者にしか教えない平和ボケした教師たちが、逃げるのも無理もない。騎士科の教師である現役の騎士の先生たちは、毎年この時期になると騎士科の上級生を連れて南公爵領の訓練地で対陸の魔物討伐練習合宿を行うために不在。本来ならこの国では魔法科も官吏科も戦えないといけないのに、職務を怠った教師らが悪いとも言える。
あ、あの木の根元にキノコ生えてる! 土が良いんだ――ここ、ふかふかじゃん! 秋になったらキノコ採りして、キノコのお味噌汁作りたいなぁ。そんな呑気なことを考えながら、テキパキと素材として売れる部分・食用に向く部分とに分けていく。
結局、先生達は捌き方も知らず、私が全部捌いた。女神様にもらった空間魔法を使って素材部分と食用部分を収納し、別に分けて置いておいた食用部分を使って豚汁の準備をする。同じ班の騎士科生はお坊ちゃんたちが多く、野営の仕方すら知らなかった。おかしいな・・・・・・ルシールさんもラウルさんも、彼らの甥っ子で私たちより一つ上のアランくんもこの時期なら野営の訓練のやり方は習ってるって言っていたのになぁ。
あ、アランくんは後から知ったけど攻略対象の一人。騎士団長の息子さんで、ルシールさんとラウルさんは騎士団長の弟妹。しかも双子だった――知らなかったよ! 入学前にあったルシールさんの結婚式で初めて知ったよ!! ルシールさんがもし産休に入るなら、「代わりに護衛としてつけるからね?」って良い笑顔の殿下に紹介されたの・・・・・・。こんな近くに攻略対象の身内が居たら、回避どころではないよね。まぁ、ゲームも多分始まってないし? お父様やお兄様が脳筋すぎて、お兄様の奥様であるお義姉様と双子の叔父様叔母様に「ああは、なるな」と言われて育ったせいか、ゲームの設定よりも脳筋っぽさがなく、寧ろ軍師や参謀みたいに頭脳派になっちゃってるから……いいか。見た目も厳つい筋肉ゴリラじゃなく、必要な筋肉を無駄なく計算されてつけてる感じ? おかげで攻略対象って気づかなかったわ。それより、この脂乗りすっごいなぁ。触った部分から手の温度だけで溶けていくおかげで、薄くスライスしづらい……。
思考が明後日の方に行っていても、確り手を動かしてますよ。だって、お腹空いてるからね! えっと、空間収納に蒟蒻ってあったかなぁ――あ、あったわ。天かすの予備の方がないから、このオークの脂を溶かして、フライパンでちゃちゃっと少量だけ揚げ焼きで作っちゃえ!
いつの間にか自前エプロンに身を包んで、料理し出す私の横にスタンバイするアリス。説明した通りに竈門と私が持参した野営用テントを組み立て、少し離れた場所に立つ同じ班のメンバーと先生が私の手元を見つめていた。いや、びっくりしすぎでしょ? あ、令嬢が料理するのは珍しいんだった。まぁ、領内討伐に出るようになってから、料理させてもらえてよかったって思ったけど……まさか、このお坊ちゃんたち、料理もできないなんてこと――あるか。野営の授業内容が入ってない奴らが、野営で料理できるわけないよね。マジか……。
ガックリと肩を落としたい気持ちを内にしまい、手招きで騎士科生達と先生を呼ぶ。何で私の班はアリスと私(と使えない先生)以外、騎士科しかいないんだよ。しかも使えな……もう、いいや。お腹空いたー!! ちゃっちゃと教えて、パパッと作って食べる!!
おっと、『障壁』張っとかないとゴブリン達が匂いに釣られてやってくるわ。多分知らないであろう野営知識を騎士科生と先生に伝授せねば……やっぱり知らんのかい!!
『障壁』は基本属性と上位属性で使える結界のことで、大体十人程度守れる大きさ。匂いも遮断できるから、野営では必須。まぁ、私が空間魔法を使えるから、上位互換の『広範囲結界』かけてもいいんだけど。ちょっと規模が違うし、ゴブリンやスライムしか出ないなら……まず死なないから、かけない。彼らには、自分達で野営の仕方覚えてもらわないとこの先騎士としてやっていけないし――授業の意味ないしね。
そそくさと『障壁』を張らせ、空間収納から出した蒟蒻、エペの根、イモ、白サイサイをそれぞれ切っていく。アリスは隣で手際よく切っていく中、私は騎士科生に教えながら手を進める。特にこれから野営訓練が増えていく騎士科生は、自分の分くらい作らないとね。確り剣の振り方を教わっているおかげか包丁も真剣に扱ってくれるので、少しぶきっちょながらも野菜たちを切り終えた。
一番問題だったのが先生。ぬるま湯に浸かり切った教えをしてた先生は当然野営経験もなく、家柄もお金が有り余ってるタイプの上位の方にいる伯爵家の出らしく、家を出ても使用人にやらせているから当然料理もしたことがない。包丁持つ手が震える以外しなかったので、刺したり切ったりする前に取り上げた。
四公爵家なら野営は当たり前だから、前線に行く人は大概できる。私が初めて料理したいと言った時に駄目だと言われたのも、ただ幼すぎただけ。野営が始まる頃には、公爵家の必須授業に入るってお父様達が言ってた。マジか……私が一生懸命強請った意味!! というか、魔物と対峙する必要がない貴族はこんなもんか――と色々思ってしまった。
みんなが野菜と格闘している間に、先にセットしていた飯盒の面倒を先生に頼んで、横でささっとオークの脂を溶かして天かすを少量作っておく。こっち見なくていいよ、先生。飯盒だけ見ててくれたらいいから。
野菜と格闘し終えた人から順番に、小鍋に脂をひいてさっき切り分けたお肉を焼かせる。今回は野営版だからお肉に半分火が通ったくらいでイモとエペの根、水を入れて煮込む。私とアリスの分だけ、空間収納からこっそり取り出したストックしてあった出汁を入れて煮込む。野営なんだから、出汁がなくても大丈夫。でも、せっかく久しぶりの豚汁(あれ?オーク汁?)なんだから、アリスには美味しい豚汁にしてあげたいよね! アリスの分は私が大鍋で一緒に火を通しているので、問題ない問題ないよーあっははー。
やばい……若干、さっきの授業にならない戦闘のせいでハイになってきたわ。いいや! ノリノリで作っちゃお!ヤフー!
ノリノリしすぎて途中で騎士科生に白サイサイと蒟蒻を入れる指示出しを忘れかけて、急いで入れてもらって煮る。切って入れるだけで栄養ありの汁物できるんだから、これぐらいがんばって覚えてよね! テンションおかしくて申し訳ないけど。お詫びに、騎士科生達にはストックしてたお味噌様が入った小壺を一人一個ずつ授けておいたわ。
野菜が煮えたところで一度だけ灰汁をとり、小壺からそれぞれ味噌を入れる。本当は火を止めた方が味噌を入れるのにいいんだけど、野営版は火を止めれないからそのまま入れる。野営に、火は必須だからね!
味噌が溶けたところに作った天かすを入れ、蓋をして少し待つ。その間に、先生に任せていた飯盒からご飯をよそって一膳ずつ配る。勿論、大役を果たした先生にも。
汁物用の器も行き渡ったところで、それぞれ鍋を火からあげ、各自座ってお昼にする。先生のは、私が作ってた大鍋からよそって渡した。
女子二人で、こっそり「いただきます」と手を合わせて食べる。あぁ、出汁とお肉の脂のジュワッと溶けていく甘さが混ざって美味しい――これ、あとで知ったら殿下怒るよね……。
「……美味しい。やっぱりお味噌汁とご飯って、最強だよね」
「アリスは、特にお味噌汁が好きだったもんね」
「レティが作るのは、間違いなく美味しいしね!」
「あら、嬉しい! そんなアリスに、あとでデザートつけちゃう!」
「やった! ありがとー」
小声でこんなやり取りしている向かいからは、「これ、俺が作ったのか?」や「うまい……」とか、初めて作った豚汁を味合う男たちの会話が聞こえてきた。しっかり根菜の火の通り加減を伝授したから、生煮えの心配もないしね!
アリスと二人微笑み合い、残りのご飯を食べてから、今度は片付けのレクチャーに入った。レクチャー中にこっそり、残りの豚汁を小鍋に移して空間収納に入れておいた。
先生よりも私が先生したような課外実習は、ご飯の後に出てきたスライムを倒す戦闘訓練をして終わった。他の班より私たちの班の騎士科生が自信を持てたのか、実習後の復習座学で生き生きとしていたのは放っておこう。なんだか、構ってしまうと西公爵家の対魔物用海兵隊に来そうなのよね……。
課外実習があった次の日のお昼。案の定実習中の行動がバレていた私は、何も言わずに空間収納から豚汁とおにぎりにしておいたご飯を取り出す。笑顔が怖い方から優しい方に変わった殿下は、嬉しそうに食べていた。ほんと、誰が報告してんのよ!?