「しゅ、春くん?」

 狼を前にした小山羊の気持ちが少しわかる。そっと顔色を伺えばにこにこと上機嫌な春くん。

「冗談ですよ。先輩」

 それとも期待しちゃいましたか?とくすくす笑う春くんに首を振って全力で否定する。

「し、してないしてない!」

「先輩」

「な! に?」

「焦げてますよ」

「あ!」

 慌ててひっくり返すも黒焦げだ。泣く泣く焦げてしまったホットケーキを処分し、新しく焼いていく。

「お茶はカモミールティーでいいですか? 先輩」

「うん。ありがとう」

 離れた春くんがケトルでお湯を沸かしお茶を淹れるとティーカップと一緒にジャムやシロップ、バターがテーブルに次々と用意されていく。

「たべよっか」

「はい。いただきます」

 焼き上がったホットケーキにバターを塗り、甘いシロップを垂らして口いっぱいに頬張る。染み込んだシロップの甘さとバターの香りに口の中が幸せだ。

「んー! 美味しい!」

「ふふふ。先輩は食べてる時が一番幸せそうですね」

「そう?」

「はい」

 甘さ控えめなマーマーレードジャムを塗りもそもそと頬張る春くんも私からしたら十分かわいい。

「もっと焼こうか?」

「いえ。大丈夫です」

「そう?」

「はい」

 食事を終え、片付けもそのままに、春くんと私はソファにもたれながらドラマの再放送をぼんやりと眺めていた。勉強で疲れてしまったのだろうか。ドラマの内容が全く頭に入ってこないほどに意識がぼんやりと遠のいていく。




「先輩」

「ん?」

 そう呼ばれて目を覚ました頃にはすっかり陽が落ちていた。

「あ、ね、寝てた」

「今度はしっかり堪能させていただきました。先輩の寝顔」

 ご馳走様です、と耳元で囁かれれば身体がビクッと反応してしまう。

「っ!」

 ソファに寝そべる私の上に跨る春くん。寝起きの頭でもこの状況がどんな状況かくらいはわかる。慌てて押し退けソファから降りようとすればすかさず掴まれる両手。そのままバランスを崩し二人そろってソファから落ちた。

「いてて。大丈夫ですか? 先輩」

 下になった春くんが身体を捩りながらも私の心配をする。

「だ、大丈夫。ありがとう」

 そっと手をついたのがあの一度触れてみたかった腹部。その憧れの腹筋に思わずうっとりしてしまう。腹筋に触れるたびに高鳴る鼓動。そして下半身に感じる熱くて硬いものに心臓がやかましいほどに音を立てはじめた。

「先輩」

 ぎゅっと強い力で抱き寄せられ、首筋にちゅっ、ちゅっ、と可愛いリップ音をたてて好きをつけられる。

「んっ。んあっ」

 髪の毛がこそばゆい。そんな甘い刺激を繰り返す。そして突然走る痛みに悲鳴のような声をあげてしまった。

「んんんあっ!」

「先輩、かわいすぎ」

 春くんは焦らすように赤く咲いたキスマークを優しく舐め回し何度も吸ったり離したりを繰り返す。

「しゅん……くん」

 熱い。とても熱い。おかしくなってしまいそうなほどに熱い。

「あっ、春くんっ。待って」

 目眩にも似たその違和感に気がついた瞬間。

「うっ」

「せ、先輩?」

 突然の吐き気に血の気が引いていく。