お会計を済ませ外に出ると爽やかな潮風に汗がスーッと冷えていく。それでも心臓はドキドキとうるさいくらいに音を立てて私の恋心を刺激し続ける。

「行きましょう、先輩」

 差し出された手を取ればぎゅっと握れば勢いよく走り出す佐藤くん。

「わわっ、ちょっと」

 今、この瞬間。私の恋も突然走り出した。

「春くん」

「!」

 驚いて立ち止まる佐藤くん。

「佐藤くん?」

「……」

 唐突に名前を呼ぶのは失礼だっただろうか。そう思い慌てて苗字に言い換える。しかし走り出してしまった私の恋心は止まらない。

「……春くん」

 そっと手を伸ばし服の端っこを掴めば突然足が宙に浮かび上がり地面から離れた足が空を蹴った。

「あーもう先輩! 大好きですよ!」

 ぎゅーっと抱きかかえられたままくるくると回る春くん。

「しゅ、春くん目が回るっ」

「す、すみません」

「だ、だいじょうぶ」
 
 ドキドキが止まらない。まるで夢の中にいるような心地で、イルカショーも水族館もなにもかもが夢から覚めたら泡になって消えて無くなってしまいそうな気がして。この夢が覚めないように一生懸命願った。




「先輩」

 ぼーっと売店の横の椅子に腰掛ける私の唇に触れる柔らかい感触。

「春くん!」

「イルカさんです」

 目の前にはピンク色のイルカのぬいぐるみ。

「僕じゃなくて残念でしたか?」

「え?」

「ふふふ冗談ですよ。可愛くて買っちゃいました」

 先輩の分もありますよ、と袋から飛び出した蒼色のイルカ。

「二匹をくっつけるとハート型になるんです! おそろいです」

「ありがとう」

 嬉しかった。ぬいぐるみの柔らかい感触が、繋がれた手の感触が現実だと強く主張する。

「さて、海鮮丼食べて帰りますか」

「うん!」

 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。だけど彼と過ごす時間はまだ始まったばかりだ。