ドッ、ドッ、とバスドラの音が響き渡る。
「ここで、1人で飲むなんて珍しいですね」
縁のない眼鏡をかけた細身の男が隣に座る。
風見(かざみ)。
ここ sign の店長を任せている男だ。
「vipルームで飲むか、最近だとミキちゃんと2人だったもんなぁ」
カウンターでドリンクを作りながら、会話に入ってくるのは、市東(しとう)さん。
俺は答えることなく、グラスに口を付ける。
『お前んち、もう行かねえから。荷物だけ取りに行く』
送り出したあの日の夜、そう連絡が来た。
優しさの欠けらも無い声と言葉。
どこかで、あいつは離れないと自負していた。
けれど、あっさり。
「最初から、他の男のもんだった」
ここに来た時から、丞さんがそばに居た。
丞さんは根っからのいい人だし尊敬できる。
だから、時々飲みに誘われれば断らない。
「……それって、ミキちゃんの事ですか」
「やっぱりか」
静かに俺の顔を覗き込む風見。
何か腑に落ちた表情を見せる市東さん。
「オーナーもそんなふうに落ち込むんすね」
静かに息を吐いて頬杖をつく風見。
阿呆らしい。
けれど、流石に俺もこの感情が何かぐらい分かる。
独占欲で済む話じゃない。
「お、噂をすれば」
グラスを拭く市東さんの目線の先。
振り返れば、そこにいるのは、ワインレッドのニットに黒のスキニー、黒のローファー。