◇澤田隼八の時間軸

 スズメが僕の足に乗ってきた。

 そのとき、僕が柔らかいものに包まれて圧迫されるような衝撃を感じた。

 ぷるんとした膜で覆われたような感覚だ。

 隣にケーキを持った栗原さんがいる。

 はっとしたけど、大声を出してはいけないと思った。

 スズメが逃げてしまうかもしれない。

 すぐにそれを栗原さんにも知らせる。

 これはスズメが僕を空間の歪みに招いている。

 あのスズメの足の爪が僕のズボンを掴んでいる。

 スズメが居なくなれば僕は消えるだろうし、その前にこの空間の歪みが消滅しても同じことになるだろう。

 栗原さんがこんなに近くにいた。

 栗原さんが焦るように何か言いたそうにしている。

 もしかしたら僕はすでに消えかかっているのかもしれない。

 僕が消える前に早く気持ちを伝えないと。

「君が好きだ」

 ゆっくりと口を動かしながらそっと声を出した。

 でも栗原さんは「ん?」と眉間に皺を寄せた。

 もしかしたら声が届かないのかもしれない。

 それなら、もっと明確に口の動きだけでわかる言葉を言わないと。

「す・き」

 これでわかっただろうか。

 栗原さんも頷きながら僕と同じ口の動きをしてくれた。

 僕たちは胸がいっぱいになりながら、お互いをじっと見つめる。

 栗原さんは手を伸ばすけど、そこには見えない壁が存在するようだ。

 やっぱり簡単にはいかないんだ。

 でも僕は今、君を見てるよ。

 もう一度、言うよ。

「すき、だいすき」

 栗原さんの琥珀の色の目から涙が滲んでいる。

 僕も泣きそうになったけど、それよりも僕の笑顔を見てほしくて、僕はぐっと我慢する。

 僕たちは遠いところに存在しているけど、案外と心は近くにあるのかもしれない。

 ねぇ、栗原さん、僕はデートすることもケーキを一緒に食べることも約束は全部叶えたよ。

 そして僕の初恋も……。