澤田君は反対側を確かめに走った。

 私も着いて行く。

 澤田君が同じように手を伸ばしたらこちら側の路地は壁にぶち当たっていた。

「今度は栗原さんがやってみて」

 澤田君に言われるまま、恐る恐る手を伸ばしたその時、すっと何にも邪魔されず入っていくのが実感できた。

「これって……」

「それぞれ、自分が来た道が使えるってことなんだ。栗原さん、僕たちは帰る道を見つけたんだよ」

 ゲームをクリアーして澤田君は喜ぶけど、私は素直に嬉しくなれなかった。

「こんなのって、残酷すぎる。私たち、ここを一緒に出てそれでデートするって約束したんだよ。それはどうするの?」

「そうだけど」

 澤田君の眉根が下がる。

「ここを出たら、私は澤田君に会えないじゃない。澤田君のいる世界では私は死んでるんでしょ」

 私は澤田君の世界では存在しない。

 すでに自分が別の世界で死んでいるなんて、考えるととても複雑だ。

 自分が今生きてることって一体なんなのだろう。

「栗原さん、落ち着いて。今、僕の目の前には栗原さんはちゃんと生きて存在している。それは僕が自分の世界に帰っても変わらない。別の世界で栗原さんはちゃんと生きている。僕はそれを確かめられてとても嬉しい」

「でも会えないんだよ」

「そんなことない。栗原さんの住む世界に、僕は存在しているかもしれないじゃないか」

 私ははっとした。
 そういえばそうだ。

「それじゃまた一から澤田君との出会いを始めなくっちゃ。私のことまた好きになってくれるかな」

「どの世界線でも、僕はきっと栗原さんに会って恋をしていると断言できるよ」

 澤田君は私に笑みを向ける。でもその目がどこか悲しそうだ。

「澤田君、私も……」

 ゴゴゴゴゴ。

 いつも気持ちを伝えようとしたら、それを邪魔するように地響きが鳴る。

「ああ」

 恐怖を襲う轟き、足元をすくわれそうな大きな揺れ、そしてどんどん壁が両サイドから迫ってくる。

 私たちはガタガタとしながら必死に態勢を保とうとする。

「栗原さん、もう時間がない。早く路地に戻って」

「いや! 澤田君と離れるなんていや!」

「栗原さん、悲しむ必要なんてないよ。僕たちはどんな時もどんな場所でもしっかりと生きていこう。きっとどこにいても気持ちは通じ合える。ぼくたちはパラレルワールドを越えたんだから」

 澤田君は無理やり私を路地に押し込んだ。

「あっ!」よろけるように私は倒れこんだ。

 慌てて振り返り、手を差し出せば、そこには見えない壁ができていて、裏側からはもう戻れなかった。

「澤田君!」

 発狂したように彼の名前を呼ぶ。

 澤田君は壁が迫って狭くなった空間を、反対側の路地に向かってひょこひょこ走っていく。私は何度も彼の名前を叫びながら壁が重なり合うのを見ていた。

 やがて二つの壁が重なり合った時、目が痛いほどの光がピカッと辺りに広がり、私はまぶしくて目を閉じた。

 再び目を見開いた時、目の前で人が歩いている姿が目に入る。

 震える足でまた一歩商店街に足を踏み入れた。

 反対側の路地に澤田君が立っている事を願ったけど、そこには誰も立っていなかった。

 いや、私がただ見えていないだけなのかもしれない。

 澤田君も違う世界できっと私と同じようにそこに立ってこっちを見ているのだろう。

 商店街は人や自転車が行き交い、店の中で買い物をしている客の姿が目に付いた。

 肉が火であぶられる焼肉の匂いがする。暖簾が出て、店に明かりがともっていた。

 その店の前には丸椅子がふたつ並んで置かれている。

 あれは澤田君が置いたままそこにあるのかもしれない。

 それを暫くじっと見ていると、後ろから女性が現れて私を不審者みたいに見ていった。

 私はぎこちなく目を逸らし、仕方なく踵を返していた。