「その猫、君に慣れてるね」

「うん。この子すごく人懐っこいよ」

 澤田君は猫の頭を撫でるふりをした。

「ねぇ、名前はなんていうの」

「福ちゃんだよ」

「ううん、君の名前を聞いているんだ」

「あっ、そうか、へへへ。栗原智世。あなたは?」

「僕は澤田隼八」

 私は立ち上がり、澤田君と向かい合う。

 お互い恥ずかしそうに微笑みあった。

 澤田君はきっとこのシチュエーションに満足だと思う。

 私もふりをしていてもとてもドキドキする。

 その時、足に何かがコツンとあたった。

 澤田君も同じように感じたみたいで、私たちははっとして下をみれば、そこには色が定まらない猫が私たちの足に交互に頭を擦りつけながらじゃれていた。

「あっ、猫が見える」

 私の足元で「にゃー」と可愛く鳴いた。

 私はその猫を抱きかかえようと持ち上げる。

 でも持ち上げたはずなのに、その場にもう一匹残ったままだった。

「あれ、猫が分離した」

 私の抱きかかえている猫は茶色のキジトラだった。
 もう片方は黒猫だ。

 澤田君も黒猫を抱きかかえる。

「僕は最初にこの黒猫の頭を撫でていたんだ」

「私もこのキジトラが建物の隣で顔を洗ってるのをじっと見ていた」

 ゴゴゴゴゴと地響きと共に壁が迫ってきている。あと一回迫ったら私たちは押し潰されそうだ。

 激しい揺れに立ってられなくて、私たちは猫を手放して床にしゃがんだ。

「どうしよう。この世界の事がわかっても、事態は変わらない」

 私は何も考えられなくなっていた。

「栗原さん。見て」

 澤田君が声を上げる。

「どうしたの?」

「猫たちがそれぞれ、路地の出入り口に向かっているよ」

 私がそれを確かめた時、キジトラは私が入ってきた路地にその反対側には黒猫がいた。

 それらは路地へと入っていった。

「もしかしたらこの路地は使えるの?」

 澤田君は黒猫が入った路地に向かって手を伸ばす。

 するとその手は見えない壁に邪魔されることなくすっと入っていく。

「壁がなくなっている」

 私も澤田君の元に走りより、同じように手を伸ばした。

 しかし、硬いものにぶつかった。

「えっ、見えない壁がある」

「そんな、僕の時はすっと手が」

 もう一度澤田君は手を伸ばした。

 それはやっぱりすんなりと入っていった。