初恋ディストリクト

「僕がいいたいのは、僕たちはそれぞれの違う世界、すなわちパラレルワールドから来たんだ。選択の岐路に立つと、どれを選ぶかでその先の未来が変わってしまう。栗原さんは、バスに乗らない未来を選んだ。僕が見たのはバスに乗る未来を選んだ栗原さんだった」

「ちょっと待って、それって、何、私がふたりいるってこと?」

「実際は決して交わることのない二つの世界。だからどちらも同一人物ってことだと思う」

「猫……だから澤田君は猫の色が違うけど何匹いるか訊いたんだ。その時、すでにこの事をわかってたの?」

「まだその時はひとつの可能性として曖昧だった。だけど栗原さんの話を訊いていたら、僕の知っていることと被るからあれって、違和感が出て、ようやく今になって謎が解けたって感じ」

「待って、待って、それって、私たち元の世界に戻ったら澤田君の世界には私がいないってこと?」

「うん、そういうことに、なるね……」

 澤田君は言いにくそうだ。

「そんな、私たち、お互い違う世界から来たってことなの?」

「僕は、いつも強く願ってた。あの事故は起こらなかった。初恋の人が生きてるって。そしてまた会いたいとも。それが、お互い猫を追いかけた偶然から、空間の歪みに入り込んで出会ったってことなんだと思う。多分僕が別の世界線の栗原さんを呼んだのかもしれない」

「そんな事って信じられない」

 澤田君の突拍子もない話は、私のキャパシティを越えてしまう。目の前に迫った危機、訳のわからないこの空間。落ち着いて考える暇もなくパニックに陥りそうだ。

「栗原智世さん」

 澤田君が私をフルネームで呼んだ。

 ハッとして私は澤田君に視線を向ける。

 澤田君はこんな時でも笑っていた。

 その笑顔をみて私は魅了される。

「ずっと声を掛けたいと思っていた。恥ずかしくて、臆病で、何か正当な理由がないと行動に移せなかった。気持ちはいつも後回しで、それでいて一歩前に出る事もしなかった。そのせいで僕は悪い方の選択をしてしまった」

 澤田君が選んだ世界は本当に悪い方の選択の故だったのだろうか。

 私はそれがひっかかった。