「そ、そうかな。でもすごく嬉しい。ありがとう」

「そんな、お礼言われるほどのことじゃ。だって本当に澤田君って素敵な人だと思う」

 つい目を逸らしてしまったのは、私は澤田君を好きになりかけてるからだ。
 恥ずかしい。

 澤田君も照れている。
 「へへへ」と笑って後ろの見えない壁に背中をもたせ掛けた。

 その時だった。澤田君は「うわぁ」と慌てふためく。
 必要以上に後ろに倒れかけた。

「澤田君!」

 咄嗟に私は澤田君に手を伸ばし、ジャケットを掴む。

 澤田君も私に頼ろうと手を伸ばして私の手を取った。

「ああ!」と澤田君。
「きゃー」と私。

 私たちは引力に逆らえず重なって倒れてしまう。
 どさっと床に二人して転がった。

「あたたた」と澤田君。
「うっ」と私。

「大丈夫かい、栗原さん」
「うん、なんとか」

 気がつけば、私は澤田君の胸の中でしっかりと腕に抱かれていた。

「きゃー」と再び私。
「うぉ!」と澤田君。

 私は手をバタバタしながら、離れようと慌てて横に()(つくば)る。
 澤田君は顔を赤らめて焦りながら上半身をむくりと起こした。

「ごめん、栗原さん。怪我しなかった?」

「だ、大丈夫。澤田君も怪我してない?」

「ちょっと体を打ちつけただけ。大丈夫だから」

 突然のハプニングに私は息が荒くなっていた。
 澤田君もちょっと動揺している。

 抱き合ってしまったことに恥ずかしさを感じながら、お互い気になって目を合わせた時だった。

 なぜこうなってしまったか考えたら、突然「あっ!」と同時に叫んだ。

「また壁がなくなったんだ」

 澤田君は立ち上がり、見えない壁を確認しながらスタスタと先へ進んだ。

「また空間が広がったんだ」

 私もこの状況がとてもいい方向に進んでいると実感してうれしくなってくる。

「栗原さん!」

 突然先へ進んでいた澤田君が叫んだ。

「どうしたの、澤田君」

 私は立ち上がり、澤田君の方を見た。そして目を見開く。

「あっ、うそ、そこまで壁が移動しているの?」

 すぐさま澤田君のもとへと駆け寄った。

 そこは商店街の一番端っこ。
 向かいの通りはすぐそこだ。