僕はこの時、とても後悔した。

 なぜ彼女に駆け寄ってあげられなかったのか。

 彼女だけが責められてしまった事が申し訳なくて顔向けできなくなってしまった。

 あんな風に叱られたら心に傷が残って、猫に餌をあげる共通の話題を持ち出して話しかける事ができなくなってしまった。

 こんな最悪な状態になって、僕は体が竦む。

 いつも肝心な時になると僕は動けない。

 結局は何にも出来ないただの臆病者だ。

 あの時僕が彼女の盾となって、僕 が叱られていたら彼女の傷はそんなに深くなかっただろう。

 こんなこと想定してなかったから、ショックで頭の中が真っ白で何も考えられなかった。

 彼女を守ろうとしなかった事は僕にも大きな爪あとを残していた。

 自分がここまで無力で情けないことに自分でも腹立たしい。

 あまりにも悔しくて、近くの電信柱を強く蹴っていた。

 つま先がジンジンとして痛いと顔を歪ませ、不快な気持ちで家路についた。

 このことを次の日学校で哲に報告すると、呆れたため息が聞こえてきた。

 僕もしゅんとして首をうな垂れていたから、十分反省していると見なして哲は僕を責めなかった。

「過ぎ去ってしまったことをとやかく言うのは仕方がない。次、彼女に会ったら、正直に自分の気持ちを言えばいい。それで話すきっかけにもなるじゃないか。今はプラスに考えよう」

「うん」

 頼りなく返事はするも、目を赤くして泣いていた彼女の顔を思い出すと、あの時の事を穿(ほじく)り返すのが悔やまれる。

 でも僕はもっと想像を働かせて、どういう風に彼女に次会ったら声を掛けるべきか考えておくべきだった。

 後味が悪くて、いつまでもこの事が僕を落ち込ませて苦しく、それを次にどう生かすかなんて考える余裕がまだない。

 彼女の心の傷が癒えている事を願うことしかできなかった。

 夏休みが始まっても、まだ彼女のことを引きずっていた。あの一件があってから、僕は猫に餌を与える事をやめた。

 猫にとっても餌をもらえない事は寂しいだろうけど、そんな気分ではなくなってしまった。

 僕の浅はかな思いつきで猫も不幸にしてしまったかもしれない。

 今度は猫を見かける事が辛くなって、猫に会わないように街を歩く。

 避けていても相手は動物だ。

 僕を見かけると、無邪気に近寄ってくる。
 尻尾を立てて僕の足元ですりすりしている。

 あどけなく僕を見つめる真ん丸い目が罪意識を強くする。
 僕は何度もごめんねと謝ってしまった。

 そしていつしかパタッとその猫に会う事はなかった。