久しぶりに見た彼女に感動し、これから話しかけるんだと思うと心臓がドキドキとして口までせり上がって来そうだ。

 話しかけようとする意気込みが却って僕の体を硬くして思うように動けなくなってしまう。

 落ち着け、落ち着け。

 暫く深呼吸をして、それから彼女に近づこうと足を一歩動かした時だった。

 僕の後ろから自転車がやってきて側をすうっと通っていった。

 その自転車は女の子の前でブレーキを掛けてキーと不快な音を響かせると、猫はびっくりし危険を察知してどこかへ走り去っていった。

 突然のことで女の子もびっくりし、恐る恐る自転車に乗っていた年老いた男に視線を向けた。

 目が合ったのか、その老人は威圧的な態度を女の子に向ける。

「あんた、猫に餌やっとるんか!」

 しわがれた声で頭ごなしに女の子を叱り出した。

 それを見たとき、あの張り紙の文字が頭に浮かんだ。

 あれを書いたのはあの爺さんに違いない。

 女の子は突然のことに、爺さんを見ておどおどしている。
 肩を竦め体を強張らせ、戦慄していた。

「勝手な事をするんじゃない。

 猫の糞の被害にあったこともないだろうし、自分で責任もって飼えないくせに、餌だけ与えてあとは知らん振りか」

 知らない人から頭ごなしにいきなり怒られたら恐怖の何ものでもない。

 僕もまた機転が利かずにびっくりしてただ突っ立っていただけだった。

「ご、ごめんなさい」

 女の子の声が震えでかすれている。
 今にも泣きそうだ。

 あの子だけが責められるなんて不公平だ。

 僕だって同じように猫に餌を与えていたじゃないか。

 それなのに、僕はどう切り出していいのかわからない。

 足が地面にくっついたように動かず、息だけが荒くなっていた。

「猫に餌をやるのなら、責任もってあんたが家で飼いなさい。それが出来ないのなら、無責任な事はするんじゃない」

「す、すみません」

 女の子は耐えられなくなって、走り出す。

 一方的に怒鳴り散らされ、怖かったこともあるだろうが、そこまで怒らなくてもという気持ちもあっただろう。

 あれは女の子に対して怒りをぶつけていたのと同じだ。もっと他に言い方があったはずだ。

 あれではトラウマを植えつける。

 女の子の目にはあの爺さんが鬼みたいに 見えたかもしれない。

 目を赤くして、僕の前を駆け抜けていった。

「全く、今時の若いもんは身勝手な。話もきっちりとできんのか。全くもう」

 爺さんはぶつぶつと文句を言いながら自転車に乗って去っていった。

 僕ひとりだけがその現場に取り残された。