何も意識していなかった時は、住宅街を歩くだけでその辺に猫がいると思っていたのだけど、いざ目的を持って探せば以外にも見かけないことに気がついた。

 すっかり梅雨の季節になって、雨が降る日が多くなると、傘を持たない動物はひっそりと身を潜めて表に出てこなくなっている。

 まだ猫と全く親しくなれてないから、やっとの思いで彼女を再び街で見かけてもなんの取っ掛かりもなくて、ただ彼女はさっと僕の目の前から去っていく。

 彼女に僕の存在を知られないまま、もどかしさを抱え、それが次第にため息となっていた。

「なんだ、隼八、振られたのか」

 放課後の帰り際、鞄の中に筆記用具をつめていたとき、猫の餌が目に入って虚しくなったために出たため息を目ざとく見ていた哲がちょっかい出しに来た。

「振られるも何にも、全然まだ始まってないから」
「お前さ、鞄に、何を入れてるんだ」

 中を覗き込まれ、哲が手を突っ込んで猫の餌を取り出した。

「ちょっと、勝手にさわらないでよ」

 僕が取り返そうと手を伸ばす。

「隼八、まさか、お前」

 哲は真顔になった。

「な、なんだよ、急に」

「隼八の恋って、まさか猫なのか?」

 哲は黙って猫の餌を返してくれたが、興ざめしたように無表情になっていた。

「そうだよな。隼八が恋するなんていうのもアレだけどさ、自分からはっきりと認めること自体らしくなかったし、露骨に恋してるって正直に言うなんて、どうもおかしいと思ったんだよ。そっか、そういうことか」

 手を組んでひとりで納得していた。

「何なんだよ、何がそういうことだよ」

「だから、相手は猫なんだろ。ちょっと俺の前で見栄を張って好きな人がいるなんて、思わせぶりなことを言って、実は野良猫を見つけてそれを大げさに言っただけなんだろ」

「そういうわけじゃなくて、好きな人が本当にいるんだけど、まずは猫に餌を与えてからじゃないと何も始まらなくて」

「はぁ? お前、何言ってんだ?」

「だから……」

 哲に説明しようとするのだけれど、ひとつ言えばそれだけで済まなくなってきた。