澤田君に気持ちを伝えようとした時、澤田君の方から何かを言ってきた。

 でも声が聞こえない。

 もどかしい気持ちで困った顔になっていた。

 今、なんて言ったの。

 またゆっくりと口が開く。

 唇が萎んでから横に大きく伸びる。
 
 これは『すき』だ。

 そっか、さっきはもしかしたら『きみがすきだ』だったのかも。

 私も「すき」とゆっくりと同じ動きを返した。

 やっと気持ちが伝えられた。

 澤田君に触れたい。

 私は手を澤田君に向かって差し出したけど、そこには見えない壁が存在した。

 まただ。

 ペタペタとそれを触れた。

 お願い、壁なんかで邪魔しないで。

 澤田君がまた口を動かす。

「すき、だいすき」

 胸がいっぱいになって涙が溢れてくる。

 澤田君の優しい笑顔がぼやけてしまう。

 いつだって澤田君は笑っている。

 この先もずっとそうなのだろう。

 だったら私も笑っていたい。

 精一杯の笑顔を澤田君に向けた。

 見えない壁に向かって手のひらを押し付ければ、澤田君も同じように私の手に合わせるように重ねてきた。

 澤田君を思う気持ちが私の胸を苦しいほどに締め付ける。

 澤田君、澤田君。

 何度も彼の名前が思いの中でこだまする。

 消えないで、お願い消えないで。

 そう思っていても、やがて澤田君は水面(みなも)に落とした雨の滴のように、静かに揺らいでそして水の泡のごとくその姿をすぅっと消してしまった。

「あっ」

 どうすることも出来ない気持ちが喉の奥で反射した。

 ぐっとお腹に力がこもり、体が震える。

 澤田君の笑顔の残像が私の隣で暫く残り、私は胸を締め付けられて動けない。

 泣き叫びたいけど、奥歯をかみ締めてそれに耐えていると、ゆっくりと桜の花びらが舞い落ちてきた。

 見上げた頭上では優しいピンク色がそよそよと風に揺られていた。

 まるで私の寂しさを慰めようとするようにそれはとても優しく感じられた。

 私は手に持っていた残りのケーキをしっかりと口に頬張る。

 クリームは澤田君が私を思う気持ちのようにとても甘く、そして苺は切なさが混じって甘酸っぱかった。

 また桜の花びらが風に乗ってひらひらと舞落ちてくる。

 手のひらを広げてそれを一枚すくった。

 薄っすらとしたピンクのかわいらしいそれは、小さなハートのようにも見えた。

 暫くそれを見つめた後、私は息を大きく吸ってそして手のひらに乗ったそれを澤田君に届けと力いっぱい吹き飛ばしていた。



 了



参考文献
ディズニー・アニメーション「ノートルダムの鐘」