次の日東雲くんが学校に来ることはなかった。
「しおもやっぱ心配と?」
「まぁ...だって東雲くん辛そうだったし」
「う〜ん...あ!うちこの後部活あるん忘れとったばい!」
「部活文芸部だっけ?私も勉強忙しくなかったら入りたかったな...親が厳しいし。」
「文芸部は週2回だけばい!部員3人しかおらんししかも一人学校に来てくれんけん......しおに入ってほしかね」
香菜の真っ直ぐな瞳が私をじっと見つめ、不意にギュッと手を握られる。
「週2か......それなら両立できるかも!わかった。考えとく......。」
「そう言うてもらえて嬉しか!......そうや!せっかくやし今日見学に来ると良かばい!」
そう言うと私の腕をガシッと力強く掴む。
「はや!ちょ、ちょっと待ってって!ねえ!」「文芸部は木曜と金曜が活動日たい!」
抵抗するまもなく私は部室に引きずり込まれてしまった。

***
「香菜喜び過ぎだよ!腕めっちゃ痛いからね!?」
「ごめ〜ん!ちょっと舞い上がりすぎた〜?」
文芸部の部室は部室棟の中にある。部室棟は去年新設されたばかりなのでエアコンなどが完備されていて教室がなんだか心地よい。

「部室棟ってこんな感じなんだ......。」
「よか感じやろ?こん部屋ば今は2人で使うとーったい!」
香菜の肩が分かりやすく下がり、大きなため息をつく。
「ばってん......やっぱり賑やかな方がよかばい?」
「確かに......。ねえ、私が文芸部に入ったら...」
『香菜は喜んでくれる?』と聞こうとした途端部室の扉が勢いよく開く。

そこには一人の青年が立っていた。
目に飛び込んでくる鮮やかな髪の色。端正な顔立ち。緩んだネクタイ。片耳につけられたピアス。
「おじゃましま〜......ってあれ?香菜ちゃんのお友達?」
かなり派手な見た目のその人はこちらを認識すると獲物を見つけたかのように笑みが溢れる。正直怖い......。
「そうばい!うちん友達ん波野しおばい!」
「あっ、2年の波野です。今日は香菜に誘われて見学に来ました!」
「へ〜!すげーかわいこちゃん!なんで俺こんな可愛い子を見つけられなかったんだろ...」
「!?」
さらさらと口説き文句が出てくる......。この人がもう1人の文芸部員?
普段からこんな感じのスタンスなのだろうか。
「俺、3年で部長の月野亮太。りょーちんって呼んでいいよ?」
「りょ、りょーちん!?......えっと、月野先輩って呼ばせてもらいますね!」
「つれないなあ」
香菜は私の耳元で囁く。
「りょーちん先輩は見て分かる通りかなり女好きって噂ばい......こん部活に入った理由も文芸部が楽そうやけんとか。そがん感じん理由たい。」
「香菜ちゃん俺の印象悪くするようなこと言わないでねー!ん〜波野しおちゃんか.....なみの.......しお......お塩......う〜ん。」
「お塩!?」
ブツブツと呟いた後、先輩はパチンと指を鳴らし目を輝かせた。
「よし!今日から君のあだ名はおしおちゃん!...で、おしおちゃんは文芸部入部してくれるのかな?」
「えっと、香菜が喜ぶなら入部します!」
「よし!動機はなんであれこんなかわいい後輩が出来たんだし大満足ってところかな。」
私ににっこりと微笑む。怖い人かと思ってたけどなんだかいい人そうだ。
香菜は先輩をギロリと睨みつけ私の前に立つ。
「お〜ごめんごめん!随分不機嫌そうだね...そんなに俺信用されてないのかな?」
「しおが傷物にされたら溜まったもんやなかけんね。しおには白馬ん王子様がおるっさ。ね!」
「は!?」
香菜の言葉を聞くと先輩は少し驚いたような素振りを見せた。
「おしおちゃん彼氏持ち〜?俺流石に彼氏持ちに手出したら殺されかねないしな〜......。」
「王子なんて...違います!もう香菜!!」「少し話盛ってしもうた!ごめんね〜!」
騒がしい教室は最終下校のチャイムがなるまで続いた。

その後即席で入部届けを書かされ先輩と連絡先を交換し香菜と学校を後にした。
先輩と居るとなんか調子狂っちゃう。相手のペースに飲み込まれる......。
明日は東雲くんに会えるかな...でもキスしてしまったのに平然と会えるわけがないじゃん!
うわあああ〜!と悶々としたまま時間だけが過ぎてゆくのでした。

***
まだ東雲くんの事を考えてる。東雲くんってなんかほっとけない人だ。昨日は結局眠れなくて寝不足気味になってしまった。
「お〜しおちゃん!」
背後から何者かに抱きつかれ私は悲鳴を上げる。
「ぎゃっっっ!!!!......って月野先輩かぁ!おはようございます。」
「ぎゃっっって何!?俺のほうがびっくりだよ?」
今日も随分とチャラ...ラフな服装である。元の顔立ちを活かして真面目そうな服も着てみてほしいなんて考えてしまう。
先輩はさり気なく私の隣に並び話しかけてくれる。テンションが高いしついていけないけどなんだか話してて楽しいかも。月野先輩がモテるのはそういうところも影響してるのかな。
「ね〜考え事?俺のことだけ考えててよ♡」
「いえ何も......あっ今日急いでるんです!先行きます!」「...えっ!なんで!?」
今日は東雲くんが居るかもしれない。そう思い出し先輩を残し走り出した。

「はぁ...はぁ...東雲くんおはよう!」
「波野先輩!な、なんで息切れしてるんですか?」
「東雲くんの具合が心配でね!もう治った?」
「お陰様で。......あの、一昨日のキスの事なんですけど」
「待って〜〜〜〜!!!おしおちゃ〜〜〜〜〜〜ん!!」
勢いよく走ってきた先輩が東雲くんに当たってしまい思いっきり崩れ落ちた。
「わ!東雲くん!」
「〜〜〜っ!危ないだろ亮にい!お前波野先輩に当たったら!」
「え?東雲くんは月野先輩のこと知ってるの?」
「知ってるも何もいとこだし......。それに、もしいとこじゃなくとも有名だから知ってると思いますよ。悪い意味で。」
「お、後輩く〜ん!酷いな〜俺悲しい〜w」
と先輩は泣いている演技をする。東雲くんを煽っているようにしか見えないけど。

***
「......とにかく、亮にいが波野先輩となんで仲良くなったのかは分かった。先輩は学業に支障が出ないよう文芸部に入部したと...でもむやみに先輩に近づいて困らせるな。」
「へいへ〜い怖い怖い...でも安心してよ。後輩くんのおしおちゃんなんだよね。俺応援しなきゃな〜!」
「は!?まだ付き合ってない!余計なこと言うな!」
まだ……??よくわからないけどなんだかんだ二人は仲がいいのだろう。
「でも放課後はおしおちゃん借りちゃうね。」
「この男は...。」「け、喧嘩売らないでください月野先輩!もう!」
......前言撤回だ。







でもこのときはまだ分かってなかった。分かったような気でいた。東雲くんのことも、先輩のことも。
いや......私は分かろうともしなかった。...だから数カ月後あんな事になってしまったのだ。