【梨愛side】


「タタ!!」
目の前には、頭から血を流して道路に倒れているタタの姿。
「あれぇ?タタ………?なんで、なんで………
血、流れて……トラック、梨愛………え?」
何が起こったのか。
頭の整理がつかない。
「だ、大丈夫ですか!?え、えと………僕の声聞こえますか!?」
トラックの中から1人の中年男性が出てきて、タタに声をかけている。
「そうだ、救急車………あ、あの、僕トラック運転してて、多分高校生だと思うんですけど……」
梨愛は、救急車のあの恐ろしい高い音が聞こえてくるまで、その場から動けずにいた。


タタは、財閥の息子だということもあってか、直ぐに近くの大学病院へと搬送された。
梨愛も、一応検査をしてもらった。
膝と肘をちょっと擦りむいたくらい。
それもそのはず。
タタが、梨愛の事を庇ってくれたのだから。
救急車の中で、梨愛はタタの血まみれの姿をずっと見ていた。
その姿が目に焼き付いて、視線を変えることなんて出来なかった。
そのうち、梨愛はさっき何が起きたのか理解出来た。
だから傷だって少ない。
タタが代わりに傷ついたのだから。
タタ………なんで梨愛を庇ったりしたの?
庇ったりしなかったら、痛い思いしなくて済んだのに。
梨愛とタタの物語を作ってみせる、なんて……
こんな誰も望んでいない物語なんか作る気はもちろんなかった。
「梨愛の大バカ…………」
そう呟いた時、オペ室の扉が開いた。
「タタ…………!!!!」
近づこうとしたものの、タタの手術をしたであろう白衣姿の男性に止められる。
頭を強く打っているから、と。
その言葉を聞いた瞬間、梨愛の心臓はドクンと音を立てた。
次第にスピードも早くなる。
もうタタと話したり笑ったり出来ないなんてこと………無いよね?


梨愛は、家へまず連絡を入れてからタタにずっと付き添った。
タタの目が覚めると信じて。
手術が終わって約2時間がたった。
もう陽は沈んでいる。
すると、背後からスーッと静かにドアが開く音がした。
「…………君は?」
梨愛の前に立っているのは長身の男性。
もしかしてこの人………タタのお父さん?
でも、それにしては若く見える。
とりあえずたって挨拶をする。
「あ、あの………桃瀬梨愛と申します。父が、桃瀬フランというコスメの会社を経営しております。」
「ああ………春樹の。」
春樹って、パパの名前………。
「私は拓也の父、清美紘だ。それで、なんで春樹の娘さんがここに?」
やっぱりタタのお父さん………。
ってことは、日本一財閥の社長が目の前に……。
タタの事で頭がいっぱいだけど、お父様だから失礼のないようにしないと。
「すみません、拓也さんが事故にあったの、私のせいなんです。」
すると、整った顔立ちの眉がぴくりと動いた。
「というと?」
低めの声に気圧される。
梨愛、ここで負けてはダメ。
必死に自分にそう言い続ける。
「私と拓也さんで、公園に行っていたんです。」
「公園?」
「はい、その帰りにトラックがこちら目掛けて突っ込んできまして………言い訳のようですがすみません、嘘をお伝えする訳には行きませんので正直に言いますと………わ、私の事を拓也さんは庇ってこのような目に遭ってしまいました。」
怖くて顔を見れない。
でも、頭上からの視線が痛………
くない?
恐る恐る顔を上げると、タタのお父さんは切なそうに微笑んでいた。
「そうか、拓也は君を守れたのだな。」
そう、親の………温かく優しい瞳で。
「まあ、座りなさい。」
そう言って、梨愛がさっきまで座っていた席を
示す。
そしてベットの向かいにある椅子にタタのお父さんは腰を下ろす。
そして我が子のことを語り出した。
「拓也はね………昔から何もかもに恵まれていた。容姿や才、財力までもだ。そんな拓也は、
いつも欲しいものがすぐ手に入って、つまらなそうにしていたよ。でも………去年、中学校3年生の時、一時期拓也の笑顔が消えた時期があってね。」
タタから笑顔が消えた………?
いつも笑ってるから、そんなタタ想像がつかない。
気になるけど、梨愛は黙って聞き続ける。
「何かあったのだとは思ったけど、私が仕事の関係で1ヶ月ほど家を離れていて帰ってきた時には
もう元通りになっていたからあまり気にしなかったんだ。最近になって………拓也は私によくこの話をするんだ。手に入れたい人がいると。」
手に入れたい人…………?
タタには、やっぱり好きな人がいるんだ……。
タタはかっこいいからすぐ手に入るはずなのに………なんで無理なのかな?
らしくもなくタタと他の女の子の事を勝手に考えてしまう自分に、余計に胸が痛む。
やっぱり、梨愛じゃダメなんだよね………。
純麗、梨愛やっぱり………。
そう思った時、タタのお父さんは梨愛の思いもよらぬ事を言い始めた。
「私は思ったよ、手に入らない人とは君のことだと。」
「………え?な、なぜ………」
梨愛のこと?
でも、梨愛なはずない。
だって、タタにはもっと素敵な……。
葉月さんの事があり、梨愛は自分への自信を以前よりも無くしてしまっていた。
梨愛がタタの1番になんて、なれないよ……。
タタのお父さんは、微笑んで言った。
「いつか分かる。拓也から、教えて貰うといい。」
そう言ってタタのお父さんはドアへと向かう。
もう、帰るつもりなんだろう。
タタのお父さんがドアを開けた瞬間。
タタは、数時間ぶりに目を開けた。
「タタ………!」
すると、タタのお父さんはこちらを振り返った。
「拓也………」
その顔は安心しきっていた。
「目が覚めたんだな。拓也の友達の梨愛さんも来てくれているよ。」
梨愛は、少しばかり照れくさかった。
初めて会った訳じゃないのに、紹介されるなんて変な感じ。
でも、タタはこう言った。
「誰ですか?」
「…………え?」
これには、タタのお父さんも動揺しているようだった。
「拓也、何を言っているんだ。父さんだ。」
それでも、タタはピンと来ていないようで。
「嘘でしょ………?」
思わず、梨愛はそう口にしてしまった。


医者によると、記憶障害が見られると。
記憶が戻るかは分からないらしい。
記憶がもし戻らなかったら、梨愛はとの今までの思い出は………。
胸が痛くて、梨愛は思わず病院を駆け出た。
家に帰って、梨愛は部屋に閉じこもっていた。
タタ、梨愛のこと覚えてなかったっ………。
自分の情けなさが悔しい。
このタタへの気持ちは、どうなるの?
ずっと、そんな不安が梨愛の頭の中を駆け回っていた。
でもやっぱり、お見舞いに行かない訳にも行かず、病院にはできるだけ毎日通っている。
「梨愛は、あなたの事をタタって呼んでたの。だから、タタって呼ぶね。それでね、タタは聖・神華学園っていうお金持ちの学校に通ってて……」
そしてタタがどんな人だったかとか、身の回りの事について説明している。
正直、タタと会うのはいい事なのか分からない。
でも、今のタタとちゃんと向き合ったら、いつか記憶が戻ると梨愛は信じている。
タタは、記憶は戻っていないものの、学園生活が再スタートした。
すると、もうタタの周りは女子だらけ。
もう、梨愛のタタなのに……!
それに…………
「清美様、もうお怪我は大丈夫なんですかぁ?」
「私清美様が心配ですぅ」
「記憶が無いから覚えてらっしゃらないかと思いますがあ、私、清美様と仲良かったんですよぉ?」
などと、猫なで声を出しながら媚びを売り、記憶が無いことを利用して仲良くなろうとする女子が増えている。
中には友達ではなく彼女だったと言い張るものもいる。
そんな女子達にタタは困り果てていた。
「あの、えと………1人ずつ………」
タタ、性格前よりも柔らかくなった?
そのせいで、女子を追い払うことが出来ない。
そんな時は……
「はーい、そんな囲んだら拓也が疲れるから。病み上がりなんだよ?」
タタの友達の明日見くんが追い払ってくれている。
明日見くんの言った通り、タタは病み上がりだからね!
あまり人が多いのはおすすめしない。
明日見くんが助けてくれるけど、記憶がないタタはよそよそしい態度をとっている。
「あ、ありがとう。えっと……明日見くん?」
「ちがーう!明輝だよ、明輝!」
そんなやり取り。
早く、記憶戻って欲しいなぁ。
タタがあんなに女子に構われてたら、タタに彼女ができるのも時間の問題。
だってあんだけ顔がいいんだもん。
梨愛が認めた程だからね!
…………だから、早く記憶が戻って欲しい。
タタ、いつになったら梨愛の事名前で呼んでくれるの?
タタは、あれから梨愛の事を桃瀬さんって呼んでいる。
だから、その度梨愛は胸が痛かった。
タタは梨愛のせいでこうなってしまったのだと。


今日純麗は体調不良で休み。
だから、梨愛は1人屋上でお昼ご飯を食べていた。
すると、なぜかタタが来て。
「隣いい?」
と。
「えっ、う、うん。いいよ………」
あ〜、梨愛今声裏返ったぁ!
恥ずかしい…………。
梨愛が手で赤い顔を隠そうとしていると、タタが覗き込んできて。
「っ!?」
「ん?どうしたの?」
そう聞いてくるも、梨愛は放心状態。
結果出た言葉が。
「べっ、別に。何も、ないし………」
そんな冷たい言葉。
もう、梨愛のバカ!
タタの前だと、素直になれない………。
「桃瀬さん。」
急にタタの真面目な声が聞こえたかと思うと、こんな事を言ってきた。
「僕は、記憶喪失だから桃瀬さんの事を傷つけてるのかもしれない。もしそうだったら、ごめん。」
そして、タタは梨愛に頭を下げる。
えっ………。
「ぜ、全然大丈夫だよ、別にそんな傷ついてなんか………そんな、こと……う、うえ、うわあああん!」
梨愛は、事故当時の恐怖を思い出して泣いてしまった。
タタの前でこんなっ………恥ずかしい、けど……涙止まらないっ。
すると、タタは梨愛の事を抱きしめた。
「ごめん、ごめんね。僕が不甲斐ないから………こんなに小さくて弱い君を傷つけた。ごめんね………。」
「うっ、うう………」
恐怖を追い払うように梨愛の事を包み込んでくれるその腕は、とても温かかった。
しばらくして梨愛が落ち着くと、タタは梨愛の頭をポンと撫でてくれた。
「えっ…………」
「ふふ、リアちゃん可愛い。」
「………!名前!」
リアちゃんに戻ってる!
梨愛は、その事があまりにも嬉しくて、思わずタタに抱きついた。
「タタっ!そうだよ、梨愛だよ!思い出せた?」
「っ……リアちゃ、離れて………」
「あっ、つい………」
タタに拒絶された………。
でも、タタなんか顔真っ赤。
梨愛が拒絶されてシュンとしていると、タタは慌てて弁解をし始めた。
「リアちゃん、違うよ!?邪魔だったんじゃなくて………その、リアちゃんが可愛くて………急に抱きつかれたからびっくりしただけで………嫌な思いさせたならごめん。」
タタ、今さらっと梨愛の事可愛いって………。
梨愛は真っ赤。
手で隠しても隠しきれないほどに。
梨愛、記憶喪失なのにタタに振り回されてる………。
そこで、梨愛はある事を思いついた。
「タタ!今週の土曜日……梨愛と、で、デートして!」
そう、デート。
梨愛がタタを真っ赤にさせてやるんだから!
タタは驚いた顔をしたものの直ぐに笑って言ってくれた。
「うん。行こうか、デート。」
そう言って、タタはなぜか意味深な笑みを浮かべた。
な、なんだろう………?
そんな疑問を胸に、梨愛とタタはデートに行くことが決まった。