「え?」

 いきなり不穏な言葉が聞こえた方に目を向けると、テレビではスポーツコーナーから芸能コーナーに画面が移っていた。
 国民的人気女優の夫…こちらも知らぬ者がいないほど有名な俳優だが、ホテルに若手女優と入るところをスクープされたらしい。

 確かこの夫婦、夫側の熱烈なアプローチに絆される形で結婚したんじゃなかったっけ。
 波那は5年ほど前に世間を騒がせた報道を思い起こした。それに呼応するように画面でも結婚当時の2人の会見の様子が流れてきた。

『ちょっと信じられませんね。夫の◯◯さんは事務所を通じて謝罪の文書を発表されているようですが、妻の◎◎さんも同じタイミングでネットにコメントをあげられています。』
『対応が早いですね。コメントによると、離婚の意思はないそうですが…』
『しかし◯◯さんとこの若手女優との不倫関係は1年以上も続いていたわけでしょう。その間も◎◎さんとは夫婦役でのCMに起用されるなど、おしどり夫婦をアピールしてきた。お子さんもまだ就学前だというのに、一体どんな気持ちで裏切ってきたんでしょうね。』
『◎◎さんの心境を思うといたたまれないですが、よく許そうと思えましたね。』
『それだけ深く思ってらっしゃるってことなんでしょうか。』


 いつもなら子どもたちの前ではこの手の報道はすぐチャンネルを切り替えるのだが、今日は波那はじっとコメンテーターたちのやり取りを聞いていた。
 
「…許したのかな。」

 ぼそ、と呟いた波那の声に横の雅人が肩をびくっとさせて反応した。
「…は、え? なんて言った?」

「離婚しないからって、許したってことじゃないよね。」
「…そりゃ、まあ…」
「そもそも許す許さないじゃないじゃない。家族に裏切られるってことはさ。」
「……」
「この世で一番信用できるはずだった人に、いきなり崖から突き落とされるようなもんだよ。それか、背中からナイフで刺されるとか。」
「刺されるって…こわいよ、波那。」
「うん、ごめん。でも雅人だってそういう感覚、わかるでしょ。」
「…まあ、うん。」

 顔色を悪くした雅人が、リモコンを前のローテブルから取った。
「とにかくさ、テレビでは勝手なこと言ってるけど、この夫婦は家庭を壊さない道を選んだんだろ。今は許せなくても、いつか許せる日が来るかもしれない。良かったじゃん。」

 画面が子ども向けアニメに切り替わった。
 にこにこマンが悪役にパンチを入れている。

「もう壊れてるんじゃないかな…」

 その話題での波那の最後の呟きは、雅人の耳にその後もずっと残った。