その日、子どもたちが起き出したのは昼の12時を回った頃だった。

 朝食兼昼食のサンドイッチを食べながら、琴乃は夕べ起こったこと、特に初めて救急車に乗ったことを興奮気味に雅人に話した。

「きゅうきゅうしゃの中でね、こうちゃんにいっぱいきかいつけられてね、ことのもこうちゃんのこといっぱいよんだけど、ぜんぜんおきてくれなくてね…」
「うん、琴乃も頑張ったんだな。泣かなかったってママが褒めてたよ。パパがいなかったのにちゃんとママのこと手伝って、えらかったぞ。」
「うん、なかなかった!」

 大好きなパパに褒められて琴乃はご満悦だ。もしかして琴乃の口から本条に話しかけられたことが出てきたらどうしようかと波那は心配したが、そのことはあまり記憶に残っていないようだった。

 幸汰はベッドで粥を…と思っていたが、思った以上に回復が早く、もう元気にテーブルでサンドイッチにかぶりついている。
 用意した粥は波那の昼食になったが、食欲が全くなかったのでちょうど良かったくらいだった。

「波那、やっぱり疲れた顔してる。昼から休みなよ。」
 箸がほとんど進まない波那を見て、雅人が何回目かの声をかけてきた。
 
「…私は大丈夫だって。でも幸汰は、昼からはまたベッドよ。今日は遊ぶの我慢ね。」
 さりげなく雅人の視線を外して、隣の幸汰に目を向ける。
「やー。こうちゃんももうだいじょうぶ!ねぇねとあそぶの!」
「またお熱出たら、明日保育所行けないよ?ゆうすけくんやさっちゃんにも会えないんだけどなぁ…」
「やー。でもっ、でもねぇねもあそぶのー。」
 
 半べそになって胡瓜をかじる幸汰に、雅人が救いの手を出した。
「じゃあ幸汰、昼からパパと一緒に寝るか。幸汰の好きな電車の絵本読んであげるから。な? 」
「…パパと? トムのほんもよんでくれる?」
「よし、大サービスだ! 電車もトムのも2冊とも読んじゃおうか!」

 きゃー、といって喜んでいる幸汰を眺める波那に雅人が再度「ママも一緒に寝る?」と声をかけた。

「私は昼から琴乃とすることがあるから。」
 ねー、と波那が琴乃と顔を合わせるとそれ以上雅人が言うことはなかった。


 夕飯には雅人の好きなポテトサラダと煮込みハンバーグ、それと琴乃作のホールケーキがテーブルに並んだ。
「パパ、いつもありがとう!」
 琴乃と幸汰から両頰にキスを受けて感激している雅人に笑顔を向けながらも、波那はケーキを一口食べただけで食事を終えた。

 雅人のことが大好きな子どもたちを見ているだけで胸が詰まる。
 
「パパは世界一幸せだよ。」
 
 2人にキスを返す雅人の姿がぼやけてきて、慌てて飲み物を取るふりをして冷蔵庫を開ける。

 何かがはっきりしたわけではない。
 全部自分の勝手な妄想かもしれない。

 自分がこのままでいれば、何も壊さずに済むんじゃないのか。
 このまま、何も気づかないふりをすれば…

 
 波那はその夜、雅人に何も聞くことができなかった。