真美の部屋の食卓には雅人が買ってきた小さなバースデーケーキの他に、真美の手料理が所狭しと並べられていた。
 シャンパンで乾杯をし、ある程度食事を終わらせた後、雅人は『話があるんだ』と切り出した。


「…え? 雅人さん、なんて?」
「…だから、今日で俺たちの関係を終わりにしたいんだ。」
「……なんで…そんな、突然…あっ、もしかして奥さんに知られたとかですか? 別れるように言われたんですか⁈」

 すんなり別れ話に応じてくれるとは思っていなかった。自分だって昨日会った時には今日こんな話をするなどとは全く考えていなかったから。
 けれど口に出してしまえば、はまっていると自覚していた自分の中に意外なほど真美への執着がないことに雅人は気付いた。

「違うよ。妻は何にも知らない。でもやっぱりこんな関係を続けたら、誰も幸せにならないよ。真美だってまだまだ若いんだから、ちゃんとした人を見つけた方がいいだろ。」
「そんなのっ、私は雅人さんとこうなれて幸せです! 雅人さんだって、私のこと好きになってくれてたはずです。何回も何回も、大好きだ、可愛いって、言ってくれたじゃないですか。」
「あれは…、その、ベッドでの…」

 我ながら最低なことを言おうとしているのがわかるので、雅人の声は自然と小さくなる。
「でも奥さんとは最近やってない、大好きなんて言ってもないって言ってましたよね。」
「……」
「それって、女として必要とされてるのは私なんだってことですよね。子どもさんがいる家庭を壊そうだなんて、私本当に思ってません。今のままでいいんです。今のままだったら、みんな幸せじゃないですか。私にとっては雅人さんとの時間が救いなんです。今日みたいに休みの日に会いたいなんてわがまま、もう言いません。今まで通りちゃんと我慢するから、だから終わりだなんて言わないでください!」
「真美…」

 ぽろぽろと涙を流しながらまっすぐ雅人を見て訴える真美の姿に、雅人は言葉に詰まる。
 今まで通り…自分も、それを望んでいたはずだった。あんな波那の言葉だけでこうも気持ちが重くなるなんて思わなかった。いや…

 しばらくの沈黙の後、一言一言考える様子で雅人が口を開いた。
 真美はその言葉の途中で俯き、ずっとテーブルの下を見ていた。

「…ずっと、見ないようにしてた。バレたらどうなるかって。バレなければいいと思ってたんだ。…でも、なんかそれって違うのかなって思い始めた。隠れてこんなことしてる時点で、俺はもう自分の家族をぐちゃぐちゃにしてるんじゃないかって…そう思い始めたら、怖くなったんだ。…ごめん。酷いことを言ってる。でも、絶対に、家族を壊したくないんだ。真美のこと、本当に可愛いと思ってた。助けたいって思ったよ。…これからも、真美さえ良ければ相談に乗る。でも2人だけで社外で会ったりは、もう終わりにしたい。…ホントにごめん。」
 そう言って雅人は頭を下げた。
 
「…ひどい。私、2人で誕生日を祝えるって楽しみにしてたのに…」




 もう一度沈黙が落ちた後、真美がようやく顔を上げて雅人を見た。
 
「じゃあ、最後のお願いです。今晩だけは一緒にいて下さい。それで、私のこと、恋人みたいに抱いて下さい。」

 真美の涙は止まっていたが、真っ赤な目で縋るように請われると、雅人には否と答えることはできなかった。

「……わかった。」