雅人は今晩、本条悟と会うと言って出かけて行った。
 新しいシャツを着て。
 明日まで帰らないと言って。

 本条さんに急に仕事が入って、会うのがキャンセルになった?
 それなら1人で飲んだとしてもこんなに遅くまで帰らなくはないだろう。
 
 本条さんと2人なのではなくて、他にも友人が一緒の飲み会だった?
 でも本条さんには今日雅人と会うはずだったそぶりもなかった。


『雅人は出張かなんかですか?』


 …今日の雅人の外泊と、本条さんには何の関係もない。

 
 色々な可能性を考えては自ら打ち消す、を繰り返していた波那だったが、幸汰の点滴が終わるのを待つまでもなく、一つの最悪な可能性だけが胸の中をすべて黒く塗りつぶしていくのを感じた。


 きっと雅人は、波那には言えない間柄の人物…女性と会い、その人と一晩一緒に過ごしているのだ。
 最近浮かれているのもその人のことを考えているからで、毎週金曜日の残業もその人と過ごす時間の口実で。


 久しぶりに友人に会うと言った雅人に、波那は嘘を感じなかった。

 あれほどに自然に嘘をつける人だと思っていなかった。どこからが嘘なのか、もう見分けがつかない。

 幸せだと言ったのも、偽りだろうか。
 あの時も、本当は夜に会う人のことを考えて胸を昂らせていたのだろうか。
 いつから…いつから、雅人の『幸せ』という言葉は、嘘になっていたんだろう。


 私は…これからどうしたらいいのかな。
 雅人にはもう、私より大事な人がいるのかな。その人とずっと一緒にいたいのかな…。

 
 暗い闇の中に一人取り残されたような気持ちで、波那は夜中の病室に座っていた。
 子どもたちの寝息だけが波那の意識を辛うじてその場に留めている。

 
 このままずっと、家に帰らずにいたい。
 現実と、真実と向き合うことが怖くてたまらない。


 波那にとって長い長いこの夜は、更に深い闇に波那を置き去りにしたまま、もうすぐ明けようとしていた。