ある、一人の女性の話をしよう。
 日本の群馬に住む、一人のOLの話だ。
 彼女はちょっぴり人見知りで、子供の頃、彼女が小中高学校だった頃の生活を思い返してみても、普通に会話できる間柄の人は居ても、特に親しいといった距離感の友人は居なかった。
 別に勉強や、特別な何かに打ち込んでいたり、何か事情があった訳ではない。
 彼女はいわゆる、コミュ障というやつだったのだ。
 それから社会に出て、ある程度世の中の渡り方というもの知った彼女だったが、これまでの人生でまともな友人関係を築いてこなかった彼女には、どうしても積極性というものがなかった。
 想いを寄せる男性が出来たこともあった。
 だが、彼女がその男性に話しかけることはなかった。
 結局その男性が結婚することを、独身のまま見届けることしか出来なかった。
 昼、夜は社畜の鏡として仕事をこなし、仕事が終わると風呂にも入らずにゲーム、アニメ等に没頭する。
 そんなどうしようもなく、どうしようもない生活をしている様な人だった。
 さて、ではそんな生活を続けた彼女は今、どうなっているのか?



「ヘブンズ・ディアー。これまでのミレミアへの数々の非道な行いに、俺は正直失望した。」

 彼は、自身にもたれかかる様に立つ美少女、ハーミットを引き寄せながら叫んだ。

「俺は今日ここで、お前との婚約を破棄させてもらう!」

 そう宣言したのは、何度もゲームの画面で見た王子様、キラーだ。
 彼の宣言は、この卒業記念パーティに出席する生徒、客人全員に聞こえる程の声で叫ばれた。
 見なくても分かる、きっとこのパーティ中の視線は私たち三人に集中していることだろう。
 だって、こんなBIGイベントを貴族や生徒たちが見逃すはずがないもの。
 こんな、公爵令嬢が許嫁である王太子に婚約破棄をされるなんて様な、BIGイベントを。

「何か俺に言い残すことは有るか? これが俺とお前の、最後の会話だと理解した上で発言しろよ。」

 キラーは挑発をするかの様に、私に語りかけてくる。
 どうせ彼、私が血相を変えながら慌てて謝罪する、とか考えてそうだ。

「いいえ、特には。」

 つい、社畜時代によく使っていたワードランキング第十三位「いいえ、特には。」が出てしまった。
 無茶な仕事をを任された時に、ついつい抗議が出来ずにそう言ってしまっていたのだ。
 せっかくストライキの権利を国から与えられているからと言っても、使わなければ宝の持ち腐れだ。
 まあ、これで良い。
 概ね、私の言いたかったことと合っているはず。
 キラーは無意識だろうが、口を半開きにしたまま固まっている。

「じゃあ、私はこれで失礼致します。」

 そう言って、自然な動作で後ろへ振り向き、テラスへと歩いていく。
 そして、パーティ会場中から来る大量の視線を完全に無視しながら、王都の夜景が一望できるテラスへと着いた。

「ふぅ。」

 私は一度深呼吸をし、前世(ルビ)と今世の中で一番の大声で、空へ向けて叫ぶ。

「スティぃぃぃいいいいー--!!」

 私がそう叫ぶと、空から金色の髪を持った一人の青年が落ちてきた。
 とんでもない速度で落下してきたはずだが、私の目の前でスタッと着地した。
 まあ、空中に立っているから着地という訳では無いのだけど。

「全く、こんな場面に呼び出すなんて、ディアは本当に人が悪いね。僕が断れないってことを知った上でやってるんだから、余計質が悪い。」
「ふふっ、誉め言葉と受け取っておくわ。」

 私はそう言って、スティに向けて両手を伸ばす。

「この手は?」
「おんぶして。ほら、みんなの視線で私のドレスに穴が開かない内に。」
「ああ、なるほど。」

 そう言うと、スティは私の両手をそっと自身の肩の上に乗せた。
 そして私の前まで歩いてきて、

「よっと、」

 その掛け声と共に、スティは私の太ももを持ち上げて、私をおぶった。

「こういう時は、お姫様だっこをして颯爽と走り出すのがかっこいいのですよ?」
「ディアには似合わないよ。」
「もうっ、」

 そうおちょくってくるスティ。
 私は目の前にある、鍛えられた背中をビシバシと叩く。
 まあ、ダメージはゼロだけど。

「じゃあ、行くよ。」
「ええ、いつでもいいわ。」

 私は少し興奮気味にそう言った。
 その瞬間、私とスティの体はフワッと上空に飛び上がった。



 こんなことを言っても、多分信じてはくれないと思う。
 笑っちゃう様な事だけど、笑っちゃう様な本当の事なんだ。
 ただ、人生って分からないものだなぁ、って実感したってことが伝えたくて。
 彼女は今、金髪美青年と空を舞っている、なんてね。漢字(かんじ)