設備のシャワーで身体を洗い流しながら、ふわふわとした感覚が抜けないまま考えを巡らせていた。相変わらず私の脳は騒がしい。絶対に誰にもばれてはいけない、夫にも少しの違和感すら抱かせてはいけない。そんなふうに冷静に先を考える自分と、やってしまったことへの罪悪感を抱える自分がせめぎ合う。しかしそれだけではなく、どうしても幸せと快感をまだ求めている自分が消えず、つくづく自分はどこまで行っても女なんだと実感した。
流れる水がこの罪ごと洗い流してくれればいいのに。真面目だなんだと言われたところで、所詮は夫がいながら部下に抱かれるような女なのだ。そんなどうしようもないろくでなしである私を真城だけが知っている。あの妖しげで毒花のような誘惑にほだされたわけだが、私も寂しさの埋め合わせに真城を利用したに過ぎない。当然心から惚れることもない。私たちにはそれくらいがちょうどいいだろう。そんなことを考える自分は本当に最低だと思うが、気分は軽くなっていた。女として求められることがこんなに幸せな気分になるなんて、この歳と立場になってようやく理解できた。若く美しい真城が自分を求めてくれている、あの狂おしいほどの快楽を知ってしまったからには、私は手放したくない。かと言って代償に何かを失うようなことがあってはいけない。これは埋め合わせだから。今の自分が真城を繋ぎとめられるかわからないが、1人の女になった私がどこまでやれるか知りたい。手放す時は私から、今日限りになんてさせない。
シャワーを止め蛇口から滴る水滴をしばらく眺めた後、身体を拭いてペットボトルの常温の水を飲み、軽く髪を乾かしてから着替えを済ませた。普段泳いだ後と同じルーティーン、この時間だと帰る頃には夫がいるだろうが怪しまれることはない。シャワーを浴びることが習慣だなんてなんとも都合のいい状況だと思った。自分がそんな発想をしてしまうことも、今となってはすんなり受け入れられる。自分も周りも勝手に期待していただけ、これが私なのだ。
ロッカーの荷物を取りに事務所に行くと、帰ったはずの真城が椅子に座ってスマホをいじっていた。まさかまだいると思わなかったので、化粧を落としたことを激しく後悔した。
「真城…帰ったと思ってた。」
私の声に反応し真城がこちらを見た。少し疲れたようなくたびれたような表情は一層色気を増しているように見える。
「すっぴんもかわいいね。」
いつものようにクスクスと笑いながらいきなり突っ込んできた。この歳のすっぴんがかわいいはずないのに、近づいてきた真城は満足そうに楽しんでいる。私は手で顔を覆いながらこういうとこは変わらないなと思った。
「もっと恥ずかしいとこじっくり見たんだから隠さなくていいよ。」
「ばか。」
耳元で囁く真城がまたクスクスと笑った。自分がついさっきまで全てをさらけ出していたことを思い出し紅潮してしまう。真城の思い通りに振り回されているのが悔しかった。
「なんで帰ってないのよ。」
「帰ろうと思ったけど今1人にすると本田さん考え込んでそうと思ったから。」
待っててくれたのか。気をつかってくれるのは嬉しいが、私はどうしても冷静に頭を働かせてしまう。
「あぁ1人で先に出るから大丈夫だよ。」
私の懸念を察して真城はそそくさと荷物をまとめて歩き出した。少しばつが悪いと思いながらも、真城の勘の良さに正直助けられた。事務所の扉を開ける真城の背に声をかけた。
「また明日ね、七瀬。」
「うん、気をつけて早めに帰るんだよ、おやすみ美咲希。」
扉が閉まると同時に、肩の力が抜けるのを感じた。骨抜きにされたせいか、身体全体が軽い。最近ずっとのしかかっていた現実という名の重荷を、一瞬だけ下ろす手段を得てしまったのだ。今まで浮気とは男がするもので、その心情も全く理解不能と思っていたが、私が今していることは紛れもなく浮気であり、不倫であり、明確な裏切り行為だ。自分自身がするとは夢にも思わなかった。ましてやそれがこんなにも心を軽くするものだとは。気の迷いなんかじゃない、私は心も身体も満たされなければ、自分の機嫌すら自分でとれないような幼稚で浅はかな人間なのだ。そのために生涯を捧げると誓った夫を裏切ることができる人間だ。もう何年も味わっていなかった承認欲求が一気に満たされていくこの感覚は、花の蜜のように甘くクセになる。私は自分のどうしようもなさを噛みしめ、職場を出て帰路についた。
流れる水がこの罪ごと洗い流してくれればいいのに。真面目だなんだと言われたところで、所詮は夫がいながら部下に抱かれるような女なのだ。そんなどうしようもないろくでなしである私を真城だけが知っている。あの妖しげで毒花のような誘惑にほだされたわけだが、私も寂しさの埋め合わせに真城を利用したに過ぎない。当然心から惚れることもない。私たちにはそれくらいがちょうどいいだろう。そんなことを考える自分は本当に最低だと思うが、気分は軽くなっていた。女として求められることがこんなに幸せな気分になるなんて、この歳と立場になってようやく理解できた。若く美しい真城が自分を求めてくれている、あの狂おしいほどの快楽を知ってしまったからには、私は手放したくない。かと言って代償に何かを失うようなことがあってはいけない。これは埋め合わせだから。今の自分が真城を繋ぎとめられるかわからないが、1人の女になった私がどこまでやれるか知りたい。手放す時は私から、今日限りになんてさせない。
シャワーを止め蛇口から滴る水滴をしばらく眺めた後、身体を拭いてペットボトルの常温の水を飲み、軽く髪を乾かしてから着替えを済ませた。普段泳いだ後と同じルーティーン、この時間だと帰る頃には夫がいるだろうが怪しまれることはない。シャワーを浴びることが習慣だなんてなんとも都合のいい状況だと思った。自分がそんな発想をしてしまうことも、今となってはすんなり受け入れられる。自分も周りも勝手に期待していただけ、これが私なのだ。
ロッカーの荷物を取りに事務所に行くと、帰ったはずの真城が椅子に座ってスマホをいじっていた。まさかまだいると思わなかったので、化粧を落としたことを激しく後悔した。
「真城…帰ったと思ってた。」
私の声に反応し真城がこちらを見た。少し疲れたようなくたびれたような表情は一層色気を増しているように見える。
「すっぴんもかわいいね。」
いつものようにクスクスと笑いながらいきなり突っ込んできた。この歳のすっぴんがかわいいはずないのに、近づいてきた真城は満足そうに楽しんでいる。私は手で顔を覆いながらこういうとこは変わらないなと思った。
「もっと恥ずかしいとこじっくり見たんだから隠さなくていいよ。」
「ばか。」
耳元で囁く真城がまたクスクスと笑った。自分がついさっきまで全てをさらけ出していたことを思い出し紅潮してしまう。真城の思い通りに振り回されているのが悔しかった。
「なんで帰ってないのよ。」
「帰ろうと思ったけど今1人にすると本田さん考え込んでそうと思ったから。」
待っててくれたのか。気をつかってくれるのは嬉しいが、私はどうしても冷静に頭を働かせてしまう。
「あぁ1人で先に出るから大丈夫だよ。」
私の懸念を察して真城はそそくさと荷物をまとめて歩き出した。少しばつが悪いと思いながらも、真城の勘の良さに正直助けられた。事務所の扉を開ける真城の背に声をかけた。
「また明日ね、七瀬。」
「うん、気をつけて早めに帰るんだよ、おやすみ美咲希。」
扉が閉まると同時に、肩の力が抜けるのを感じた。骨抜きにされたせいか、身体全体が軽い。最近ずっとのしかかっていた現実という名の重荷を、一瞬だけ下ろす手段を得てしまったのだ。今まで浮気とは男がするもので、その心情も全く理解不能と思っていたが、私が今していることは紛れもなく浮気であり、不倫であり、明確な裏切り行為だ。自分自身がするとは夢にも思わなかった。ましてやそれがこんなにも心を軽くするものだとは。気の迷いなんかじゃない、私は心も身体も満たされなければ、自分の機嫌すら自分でとれないような幼稚で浅はかな人間なのだ。そのために生涯を捧げると誓った夫を裏切ることができる人間だ。もう何年も味わっていなかった承認欲求が一気に満たされていくこの感覚は、花の蜜のように甘くクセになる。私は自分のどうしようもなさを噛みしめ、職場を出て帰路についた。
