「・・県総務課の荒川です」
相手が出た瞬間、一気に名乗った。

「お、唯だな」
「・・ぇ、ええ」

確かに唯だけれど。
今世の中で私のことをそう呼ぶのは両親だけ。
職場では『荒川主任』だし、保育園では『月君のママ』だしね。

「うちの高山が出したスケジュールがお気に召さなかったと伺いましたが?」
「ああ」
「どのあたりがいけないのか教えていただければ修正いたします」

私も見たけれど、そんなに悪くはなかったぞ。
宿は市内から少し離れた温泉宿の離れ。食事は好きなものをリクエストしてもらうように宿とは打ち合わせ済。

「俺は、唯をリクエストしたんだ。かわいいお姉ちゃんを頼んだわけじゃない」
「はあ?」
意味が分からない。

何、私が連絡しなかったのが気に入らないと?
そんなこと言われても、

「これは仕事、ですよね?」
「ああ」
「高山は県の担当者としてご連絡したはずですが?」
「ああ」
「じゃあ」
「俺は、地元出身のピアニスト影近として観光大使になってくれと言われ、『荒川唯を担当に付けてくれるなら』と了承した」
「そんな」
話は聞いてない。

「とにかく、唯が担当にならないならこの話はなしだ」
「待ってください」

それは困る。
影近を呼ぶことを前提に、いくつかのイベントが動き出している。
今更やめたではすまない。

「わかりました、私の方から再度ご連絡いたしますので」
それでいいですかと含みを持たせる。
「ああ、明日の午後にでも電話をくれ」
「はい。では」

はあー、困ったぞ。
何とかしなくては・・・