ホテルの部屋に入り、何か温かい飲み物をもらった覚えはある。
きっとアルコールの類だったと思う。
でも、当時のはっきりとした記憶はない。

「唯、いいのか?」
「うん」

確か影近に聞かれそう答えた気がする。
それからは獣のようにもつれ合い、求めあい、愛し合った。
この時の私は何よりも人肌が恋しかったし、それが影近なら文句はないと思った。

月野影近はある種の天才。
絶対音感を持ち、人一倍優れた音楽のセンスを持った人間。
でも、この時代においてセンスや才能だけで成功する人はいない。
運と、お金と、環境と、タイミングと、すべてがそろって売れるのだ。
それでも、音楽好きなサークル仲間たちは彼の才能にあこがれていたし、大学卒業後単身東京に行った影近の成功をみんな祈っていた。