イノセント*ハレーション

そう言うと、彼は椅子を引いて立ち上がった。

聞くだけ聞いて逃げるつもりなら、それは狡猾すぎる。

あたしは彼のジャージの裾を掴んだ。


「何?ちょっとトイレに行こうかと思ったんだけど」

「あたしが答えたんだから、湧水くんにもあたしの質問に答えてもらう。そしたら、トイレでもどこでも好きなところに行って良いから」

「分かった。じゃあ、答えるよ」


あたしは裾を離して立ち上がった。

同じ目線にはなれなくとも目を見て聞く必要がある。

あたしにとっても、

あたしの周りの誰かにとっても、

大事なことだから。

あまり吸い込みたくはない淀んだ空気を吸い込み、あたしは一気に吐き出した。


「湧水くんは日葵のことが好きなの?」


それは今朝弓木くんに聞いた質問だった。

これに答えてもらえたら全てが分かる。

3人の関係の全貌が見える。

あたしの勢いとは裏腹に彼はゆっくりと口を動かす。


「残念だけど、見当違いだね。僕は出逢った時からずっと、日葵と澪夜が運命の2人だと思ってるよ」


...まさか。

まさか、だった。

あたしの客観的視点による推測が間違えることがあったんだ。

世の中にはあたしの視点では図れないことがある。

そう痛感した。

彼はあたしを見て王子様の笑みとはほど遠いニタニタとした悪魔のような不気味な笑みを称えていた。


「ならどうして湧水くんは日葵にしか帰国することを伝えてなかったわけ?」

「僕は日葵の相談役なんだよ。鈍感な日葵もさすがに最近は自分の気持ちに気づいてきたみたいで、それでちょっとやり取りをしてて、その流れで言っただけ。本当は皆にサプライズで帰ってくるつもりだった。
僕としては...鶴乃のことも驚かせたかったしね」

「ってことは、まさか...」

「もう分かったね。僕は鶴乃のことが好き。朝登も鶴乃のことが好き。どっからどう見ても三角関係ってやつなんだよ、僕ら。複雑だよね」