イノセント*ハレーション

ーーコンコン。


家庭科準備室なんて滅多に人の出入りがないから、不審に思った先生がやって来たのかと思い、顔を上げた。

すると、窓ガラスの向こうから見覚えのある顔が覗いていた。

あたしは座ったままぐーっと手を伸ばして鍵を開けた。

ガタンと妙な騒音がした後、あたしの視線の先にはあたしより3回りくらい大きな上履きが現れた。


「どーも」


あたしがそう言うと、彼は洗濯機を挟んで向こうの壁に背をもたれた。


「どーもじゃない。いなくなったかと思ったらこんな辺鄙なとこにいるし。いつもの通り日葵が呼んでる。だから、行ってやってほしい」


洗濯機越しに聞こえたその声に、あたしの胸がじわじわと熱くなる。

どうにもこうにも、うまく収まらない。

あたしの唇はいつもより尖っていた。


「君はあたしの気持ち考えたことある?あたしは今1人にしてほしい。だから...帰って」


あたしの言葉が震わせた空気は淀んでいた。

過去の全てを綺麗さっぱり完結させたというのに、この胸にまだ残るもやもやの正体は、言わずもがな、だ。

あたしが冷たく引き離したというのに、奥の彼は帰ってはくれない。

ならば、あたしが去ろうか。

でも、全身から力が抜け、もう動いているのは心臓と口くらいのあたしが去れるはずもない。

あたしは仕方なく口を噤み、洗濯機のガタガタに耳も心も預けた。

彼の優しさなど、取り込みたくなかった。