イノセント*ハレーション

だけど、いくら経っても教師の1人も見回りに来なければ、あたしみたいな不良生徒もやって来なくて気がついた時には濡れた制服を堂々と脱いで水気を絞っていた。

夜風に吹かれて多少は乾いたけど、まだ重くて身体に纏わりつくセーラー服を保健室まで身に付けていった。

ジャージに着替え、何事も無かったかのように保健室を去った。

塩素臭いぼろっぼろの身体を必死に動かして坂道を下り、駅に辿り着く。

電車が来るまで10分もあったから、あたしは人気の無さそうな最後尾まで歩いて先週ペンキを塗ったばかりの青いベンチに腰掛けて電車の到着を待った。

電車に乗るや否や直ぐに睡魔の谷に溺れたけれど、無意識の感覚が作用して絶妙なタイミングで目が覚めた。

そして、電車を降り、自宅までの長い道のりを歩く。


帰ったらお風呂に入るより先に洗濯をしなければならないなぁ。

おばあちゃんに変な心配をさせないようにしよう。

洗濯したら晩ご飯を食べて朝食の準備をして...


「日常、さいこ」


いつも通りのルーティンを想像するだけで、なんでこんなにも安心するのだろう。

艶のなくなったローファーが街灯に照らされているだけなのに、ガラスの靴のように輝いて見えるのはなぜなのだろう。

コツコツとあたしのローファーがアスファルトを蹴る音が人気のない住宅街に響く。

ふと、夜空を眺めたくなってあたしは立ち止まり、顔をぐいっと真上に向けた。


「遠いな...」


星も月も遠くにあって、あたしはもっと近付きたくて、頭に突如降ってきた団地の公園のアスレチックに登った。

さっきよりは幾分近付いたけど、きっとまだ遠い。

......遠いままで、良いんだ。

遠くにあるキラキラしたものを綺麗だとか羨ましいと思って見つめる。

それだけで良かったのに、

あたしは踏み込み過ぎたんだ。

近付きすぎたんだ。

想い過ぎたんだ。

憧れがいつしか願望に変わり、

その願望が形になると...

月が綺麗だと思うのだろう。


あたしは今...この上なく月が綺麗だと思う。

眩しいって、目を細めるだけじゃなく、

綺麗なものに手を伸ばそうとしてる。

それじゃいけないって、分かってるのに。

分かってる、のに、な...。


「どうして...」