今回のマガンダ侵攻の鍵を握る人物は間違いなくナイジェル将軍である。

マガンダ軍の総大将であり、おそらくクルスとの密約を知っている人物。

……ラルフとキールの目的はナイジェル将軍そのものであった。

マガンダ軍とぶつかる前にナイジェル将軍を拘束あるいは戦闘不能にする。

そのためにあえてラルフという極上の餌をぶら下げ、ここまで誘き寄せたのだ。

たとえ護衛がいたとしても大量の兵で守られている戦場よりは、成功する確率が高いとラルフは踏んだのである。対人戦闘でラルフとキールに適う者はそう多くはない。

(頼むぜ……。総大将さんよ……)

キールは半ば神に祈るような気持ちでいた。ラルフの作戦は諸刃の剣である。成功すればこの上ない成果となるが、失敗したら目も当てられない。

マガンダとの取引場所はマガンダとリンデルワーグの国境でもあるジータ川沿いにあるエルメという小さな村の外れであった。

目印となる大木には既にマガンダ兵とナイジェル将軍が待っていた。

「お待たせしました」

ナイジェル将軍の周りにはざっとみて20人程の兵士がいた。雑兵は混ざっておらずいずれも屈強な戦士である。

「お約束通りの手土産です。煮るなり焼くなり好きにしてください」

キールは馬から麻袋を下ろし地面に転がすと、ナイジェル将軍の元へ蹴飛ばした。

蹴られたラルフはそれらしく、うぐっと悲鳴を上げ身を捩る。

将軍の部下が慎重に袋を開けると猿轡をかまされたラルフがまさに現れた。

「なるほど、噂通りの風体だな」

陽に透かしたような金の髪、エメラルド色の双眸、武人とは思えぬ美麗な顔立ちはかねてより聞いていたリンデルワーグ王国第4王子の特徴と一致していた。

ナイジェルは部下に命じて、ラルフの猿轡を解いてやった。

「キール!!あれほど目をかけてやったというのに!!この裏切り者!!」

「ほざくな!!この能無し!!」

恨みがましくキールに叫ぶラルフを見て、ナイジェルは満足げな笑みを浮かべた。

「言い残すことあるか?」

「待て!!私を殺すなど正気か!?リンデルワーグの王家が黙ってないぞ!?」

小者らしさを演出するための捨て台詞だったが、ラルフ自身言っていて尻がむず痒くなるような気がした。

「その言い分が通用するのは王城だけだ」

ナイジェルは腰に下げていた剣を抜いた。磨き上げられた刀身に気迫がこもる。総大将としての詰めは甘いが武人としての実力は間違いなく本物である。

(これを避けねば一撃であの世行きだな……)

濃厚な死の気配を感じ取り、ラルフは冷や汗を垂らした。一瞬でも判断を見誤れば待っているのは死である。

「恨むなら王族という特権に胡座をかき、神聖な戦場を汚した自分を恨め!!」

今まさにナイジェルの剣が振り下ろされようとした……その時である。