「あら、それは聞き捨てなりませんね。マガンダに付け入る隙を与えたのは殿下の失態でしょうに」

……会議場は再びどよめいた。

エルバートへの非難を堂々と口にする命知らずがこの場にいるとは考えられなかった。臣下達が発言の主は誰だと探していると、会議場の中央に歩いていく小柄の女性の姿を発見した。

春風のごとく颯爽と現れ全員の視線を釘付けにしたのは、他でもないマリナラであった。

「部外者は出て行け」

「用が済んだらどこへでも」

マリナラはエルバートの元へと立ち塞がった。靴を履いていないことに気が付いたアサイルがぎょっと目を丸くする。

「私を軍務執政官に任命してください」

「それが人にものを頼む態度か?マリナラ・レインフォールよ」

「早くしてください。本心ではラルフ様を助けたいのでしょう?」

「小娘が、知った口をきくではないか」

「その小娘をかつて愛妾にしようとしたのはどこのどなたでしょうか?」

エルバ―トの眉がピクリと上がった。

国費留学を終えたマリナラに、”任官に応じないなら愛妾になれ”と面白半分に言ったことを今頃になって揶揄されるとは不愉快だった。

あれはエルバートにとっては若気の至りというやつで、持ち出されたくない過去なのだ。

「……昔のことだ。今はお前に用はない」

「殿下に用はなくとも、私にはあるのです」

「何を言われようともマガンダとの取引には応じぬ。サザール平原とラルフの命では前者の方が価値がある」

「それはサザール平原と比べた場合の相対評価でしょう?殿下自身はラルフ様をこんなところで失うのは痛手だと思ってらっしゃるはずです」

「……お前に何が分かる」

「あの方と多少なりとも接したことがあれば分かりますとも」

アサイルはハラハラしながら少し離れたところで二人の様子を見守っていた。もし殴り合いの喧嘩に発展したら身を挺し肉壁として二人の間に割って入ることも覚悟していた。

しかし、アサイルの心配は杞憂に終わった。何度目かの応酬と逡巡の末に、エルバートは遂に折れた。

「マリナラ・レインフォール、そなたを軍務執政官に任命しよう」

「かしこまりました」

「……人質交換の回答期限は3日後だ。どうにかできるならやってみろ」

「よし!!そうこなくっちゃ!!」

マリナラの代わりにアサイルは思わず拳を天井につき上げていた。