わずかに残されたふたりきりの時間を存分に楽しんだラルフ達は、作業小屋まで戻ってくるとアリス特製のジャムサンドイッチに舌鼓を打った。

サンドイッチを粗方腹の中に収め、あとは帰るばかりという時分になり、ラルフは片膝を地面につけマリナラに跪いた。

ラルフには戦場に行く前にどうしてもやっておかなければならないことがあった。

「マリナラ殿、私と今一度契約を結んで頂きたい」

「こんな所まで連れてこられて何事かと思えばそういうことですか。まあ、いいでしょう。どういった契約をお望みでしょうか?」

ラルフとマリナラの婚姻契約の内容は至って簡素である。

第一に、契約期間は3年とすること
第二に、3年の間は婚姻を継続させるために最大限努力すること
第三に、互いに余計な詮索はしないこと
第四に、契約の延長はしないこと

以上、4点を遵守することが契約書には盛り込まれている。

「マリナラ殿が私に惚れた場合、3年の契約を終えた後に私と本物の夫婦となること。これを追加したい」

契約内容を聞いたマリナラはこの日二度目となる長いため息をついた。

「ラルフ様は都合の良い契約妻を望んでいたのではなかったのですか?」

「なあに簡単なことさ。私はマリナラ殿に心底惚れたのだ」

貴族令嬢の間でも結婚したい独身男性の筆頭としてよく名前が挙げられるラルフから告白されれば、普通は照れたりはしゃいだりしそうなものだがマリナラは極めて冷静にこの状況を見据えていた。

「もちろんタダとは言わぬ。更に1億ダール支払おう」

秘匿しておくべき最大の弱みを相手に晒すということは、とんでもない愚行であると同時に誠意の表れとも言える。

しかし、1億ダールがかかっているとあれば話は別である。

マリナラは訝しむように、ラルフの真意を探った。美味い話には裏があるのが通例である。

ラルフはマリナラに追究される前に畳み掛けた。

「マリナラ殿に損はないはずだろう?何もしなくとも追加で1億ダールが手に入る。もし私のことが気に入らなければ3年の契約期間を終える時に、”その気はない”と一言言えばいい」

ラルフはここぞとばかりにダメ押しの一手を繰り出していく。

今や立場は逆転している。マリナラが契約を持ちかけるのではない、ラルフが自身を売り込んでいるのだ。